「自分でできる認知症の気づきチェックリスト」の作成

自立促進と介護予防研究チーム 粟田主一

認知症を生きる高齢者の数

平成25年11月1日現在,東京都に暮らす65歳以上の高齢者のうち、介護保険要介護認定で「認知症高齢者の日常生活自立度」Ⅰ以上と判定されている人(何らかの認知症の症状を有する人)の数は約38万人(65歳以上人口の13.7%)でした。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(平成25年3月推計)」を用いて将来推計値を計算すると、その数は平成37年には約60万人(65歳以上人口の18.2%)に達します。21世紀の前半に、都民の20人に1人が認知症の時代を迎えるのはほぼ確実です。認知症になっても幸せに生きていくために、どのような社会を創り出していく必要があるのか。私たちは、自分自身のこと、家族のこととして、このことを真剣に考えなければならない時代を生きています。

認知症高齢者の将来設計(認知症高齢者の日常生活自立度I以上)

認知症のはじまり

認知症とは、アルツハイマー病や脳血管障害など、さまざまな脳の病気によって認知機能が低下し、それによって生活機能が低下した状態を言います。このような「脳の病気―認知機能の低下―生活機能の低下」という3者の連結を、私たちは認知症と呼んでいます。

高齢になって、認知機能や生活機能の低下が現れはじめると、自分でもそのような変化に気づき、現在のこと、将来のことに不安を感じるようになるのは自然なことです。通帳を何度も紛失して再発行したり、眼鏡を新調したのを忘れてまた新しい眼鏡を買ってしまったり、言おうとしている言葉がなかなか出てこないと頻繁に感じるようになったり、交通機関を利用して出かけるのに自信がなくなったり、そのような日々の生活の中での失敗や生活のしづらさに直面しながら、認知症のこと、現在の暮らしのこと、将来のことなどが心配になって、地域包括支援センターや認知症疾患医療センターなどを訪れる方は年々増えています。

しかし、そのような心配や不安を感じても、自分自身で相談機関や医療機関を利用される方は、まだほんの一部です。「認知症になったらたいへんなことになる」「認知症と言われたら世間から変な目で見られる」といった偏見があるためかもしれません。また、実際に、「どこに相談に行ったらよいのかわからない」「どの医療機関を受診すればよいのかわからない」といった情報不足があるためかもしれません。

そのような不安と孤立の中で、必要な支援につながらないまま認知症が進行してしまうと、さまざまな身体的・精神的な健康問題、近隣トラブル・経済的困窮・家族介護者の疲弊などの社会的問題を随伴し、状況はますます複雑化し、認知症の人も家族介護者も生活そのものを継続することが困難な事態に陥ってしまいます。

複雑化のプロセスは認知症の初期段階ではじまる?

このような事態を防ぎ、たとえ認知症になっても幸せに生きることができる社会を創り出していくためには、認知症について正しい知識をもち、認知症を自分自身のこと、家族のこととして考えていくことが何よりも大切です。

自分でできる認知症の気づきチェックリスト

私たちの研究チームは、地域に暮らす高齢者が自分自身で認知機能低下や生活機能低下に気づき、適切な相談機関やサービス提供機関を利用できるようにするためのチェックリスト「自分でできる認知症の気づきチェックリスト」を作成しました。チェックリストは以下の手順で作成されています。

  1. はじめに、認知症の日常診療に取り組む医師と心理士で、認知機能低下・生活機能低下に関する147の候補項目を作成し、その中から内容の普遍性やわかりやすさなどを考慮して37の候補項目を選択しました。
  2. 次に、これらの項目を用いて、各項目を1点~4点で採点するチェックリストを作成し、町田市内に暮らす2,283名の高齢者にご協力をいただいて、チェックリストを含むアンケート調査に回答していただきました。その結果、37の候補項目から「認知症の初期に認められる自覚的認知機能低下」と「認知症の初期に認められる自覚的生活機能低下」という2つの因子に深く関連する20項目を取り出すことができました。
  3. この20項目を用いて、町田市内の別の地域に暮らす4,649名の高齢者にご協力をいただいて再びチェックリストをつけていただき、この2つの因子に深く関連するとともに、実際に看護師が自宅を訪問して実施した認知機能検査の結果と関連が認められた10項目を絞り込み、新たなチェックリストを作成しました。
  4. 最後に、上記の計6,932名のうち131名の方にご協力をいただき、チェックリストの得点の結果を知らされていない医師と心理士が自宅を訪問し、認知症の診断と重症度の評価を行い、チェックリストの得点がどのくらいの精度で精神科医の診断を予測できるかを検討しました。その結果、チェックリストの合計点が20点以上の人の約76%が、精神科医の診断する「認知症疑い」または「認知症」に該当することがわかりました。

認知症の初期に見られる可能性がある認知機能低下と生活機能低下

「自分でできる認知症の気づきチェックリスト」は、東京都で作成したパンフレット「認知症の人にやさしい東京をめざして―知って安心認知症」の中に掲載されています。パンフレットは以下のURLから自由に入手することができます。

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/zaishien/ninchishou_navi/torikumi/pamphlet.pdf

認知機能や生活機能の低下が見られる地域在宅高齢者の実態

上記の6,932名のうち、10項目のチェックリストのすべてに回答していただけた方は6,737名(97%)でした。回答率が高いのは、チェックリストそのものが比較的容易に実施できるためかと思われます。

チェックリストのすべてに回答していただけた6,737のうち20点以上の方は10.2%でした。年齢や性別を調整した上で、得点が20点以上の高齢者(認知機能や生活機能の低下が見られる高齢者)と20点未満の高齢者(認知機能や生活機能の低下が見られない高齢者)を比較してみると、「認知機能や生活機能の低下が見られる高齢者」では、うつ病・脳卒中・パーキンソン病などの中枢神経疾患以外にも、心疾患・呼吸器疾患・筋骨格系の疾患など一般身体疾患の罹患率が高く、病気の数が多く、服用している薬剤の数が多く、運動機能が低下している人、近所づき合いがない人、人と話す機会が1週間に1回以下の人、困ったときに相談できる人がいない人、年収が100万円未満の人、精神的健康度が不良の人の割合が高くなることがわかりました。

認知症のはじまりの段階で、認知機能や生活機能の低下とともに、精神的な不安定さや社会的な孤立傾向があらわれ、身体疾患の併発と悪化、経済的困窮などとともに、高齢者の生活の質(QOL)が急速に低下していく様子が窺われました。このような段階で、自分自身で、あるいは身近な人の協力の下で、必要な支援につながれるようにしていく地域社会を創ることが、「認知症の人にやさしい東京」の第一歩かと思われます。