私たちのからだの細胞の中には、ミトコンドリアと呼ばれるエネルギーをつくる小さな器官があります(図1)。細胞の活動にはエネルギーが必要なため、ミトコンドリアの働きはとても大切です。ミトコンドリアの働きが低下すると、細胞も正しく活動することができません。
私たちの遺伝情報が記録されたDNAは、細胞の核の中にありますが、実はミトコンドリアの中にもDNA(ミトコンドリアDNA)があります(図1)。核のDNAには約2万個の遺伝子が記録されていますが、ミトコンドリアDNAにはわずか37個の遺伝子しか記録されていません。しかしながら、これらの遺伝子からつくられるタンパク質は、エネルギーをつくるために必要であるため、ミトコンドリアDNAはなくてはならないものです。
図1:細胞とミトコンドリアの模式図
細胞の中には、ミトコンドリアや細胞核などの小器官がある。ミトコンドリアはエネルギーをつくる働きをし、細胞核は遺伝情報が記録されたDNAを収納している。ミトコンドリアも独自のDNA(ミトコンドリアDNA)を持つ。
ミトコンドリア病は、遺伝子の異常が原因で発症する病気の一つです。遺伝子の異常によってミトコンドリアの働きが低下し、脳、心臓、筋肉の機能低下といった症状が現れます。このような遺伝子の異常は、ミトコンドリアDNAで見つかる場合が多いのですが、核のDNAで見つかる場合もあります。今のところ効果的な治療法はなく、完全に治すことが難しい病気です。また、1万人に1人くらいが発症するという報告がありますが、正確なところはまだわかっていません。
症状などからミトコンドリア病が疑われる場合は、遺伝子の異常があるかどうか、ミトコンドリアの働きが低下しているかどうかなどを調べます。こうした検査は、筋肉などを採取する必要があるため、検査を受ける人への負担が大きくなります。また、現在のところ限られた病院でしか検査をすることができません。そのため、このような検査の他に、血液検査などでミトコンドリア病かどうかを正確に判定できるようになることが望まれています。
私たちは、ミトコンドリア病の患者さんの血液中で増加している物質が見つかれば、その物質を測定することでミトコンドリア病を判定できるのではないかと考えました。血液の中には、からだ中の細胞が放出した代謝物やタンパク質などが含まれています。そこで、ミトコンドリア病の患者さんの細胞からたくさん出ているタンパク質をさがすことにしました。
私たちは、ミトコンドリア病の患者さんの細胞からつくられた2種類の細胞を比較しました(図2)。一方は、ミトコンドリアDNAに遺伝子の異常があり、もう一方は異常がないものです。わかりやすいように、異常がある方を「ミトコンドリア病細胞」、異常がない方を「正常細胞」と呼ぶことにします。
図2:ミトコンドリア病の細胞モデル
ミトコンドリア病患者から採取した細胞と培養細胞を融合してつくられた細胞で、サイブリッドと呼ばれている。実験には、ミトコンドリアDNAに遺伝子の異常をもつ細胞(左)と異常をもたない細胞(右)を使用。それぞれ「ミトコンドリア病細胞」、「正常細胞」と呼ぶこととする。
私たちは、ミトコンドリア病細胞と正常細胞がもつ全ての遺伝子の状態を調べました。その結果、成長分化因子15(GDF15)の遺伝子が、正常細胞に比べてミトコンドリア病細胞でより活性化していることがわかりました(図3)。そこで、それぞれの細胞が放出するGDF15タンパクの量を調べたところ、ミトコンドリア病細胞の方が正常細胞と比べてGDF15タンパクをたくさん放出していることが明らかになりました(図4)。
図3:ミトコンドリア病細胞ではGDF15遺伝子が活性化している
図4:ミトコンドリア病細胞はGDF15タンパクの放出量が増加している
ミトコンドリア病細胞の研究から、ミトコンドリア病の患者さんの血液中でGDF15タンパクが増加している可能性が考えられました。そこで、ミトコンドリア病と他の病気の患者さんの血液中のGDF15タンパクを測定したところ、ミトコンドリア病の患者さんの方が血液中のGDF15タンパクが多いことが明らかになりました(図5)。
これらの研究から、血液中のGDF15タンパクを測定することで、ミトコンドリア病が診断できるものと考えられます。
図5:ミトコンドリア病患者の血液中でGDF15タンパクが増加している
現在、実際にミトコンドリア病の診断に利用できるかどうか、さらに研究を進めています。近い将来、ミトコンドリア病の診断のために、血液中のGDF15タンパクが測定されるようになることを期待しています。