近年、健康寿命という言葉をよく聞くようになりました。健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」とされ、厚生労働省の発表では、平成22年時点の平均健康寿命は、男性70.42歳、女性73.62歳です。また、この時の平均寿命は、男性79.55歳、女性86.30歳となっています。寿命から健康寿命を差し引いた期間が不健康寿命となるため、平均不健康寿命は、男女それぞれ9.13年、12.68年になります。
折角長生きしたのに、不健康に過ごしてしまうのは残念ですから、これからは健康寿命の延伸、不健康寿命の短縮が我が国の目標になっているのです。
この不健康寿命ですが、少しだけ気をつけなければならないポイントがあります。不健康寿命は、要介護状態の期間を表しているようなイメージがありますが、国の統計では、以下の質問に「ある」と答えたところから不健康寿命が始まるのです。
「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」
つまり、要介護認定される程の身体的障害がなくても、加齢で生じる多少の衰えがあるだけでも、不健康ということになってしまう可能性があります。東京都が要介護認定のデータを元に、不健康の基準を要介護2以上として算出した不健康寿命は、男性1.74年、女性3.71年であり、先ほどの寿命と健康寿命から算出したものよりずっと短いことが分かります。このように、国の発表する不健康寿命=要介護期間ではないのです。
混乱してしまったでしょうか。そこで、私たちはこの不健康寿命を気持ちが萎えてからの「心の不健康寿命」と、要介護になってからの「体の不健康寿命」とに分けて考えることにしました。そうすると、「体の不健康寿命」よりも「心の不健康寿命」の方がずっと長いわけですから、介護予防といったいわば「体の不健康寿命」の対策だけでなく、「心の不健康寿命」の対策も必要であると考えられます。さらに言うと、そちらの方がより重要なのかもしれません。そこで、私たちは、「心の不健康寿命」を短くし、主観的健康寿命(自分が健康であると自覚している期間)を延ばすための研究に取り組んでいます。
私たちが実施している長期的な疫学調査から、主観的な健康観と要介護の発生状況を調べてみることにしました。その結果、図1のように、主観的健康観が悪くなるに従って、要介護となる確率が増えることが分かりました。主観的健康観が最も良い方たちを基準にすると、主観的健康観が最も悪い方たちでは要介護の発生確率が70倍にもなるのです。この関係は体力を基準に見た場合より顕著でした。
図1:主観的な健康観と要介護の発生状況
私たちは、主観的健康観を高く保つ方法として化粧ケアに注目しました。病院に通院している方と地域にお住まいの方にお願いして、化粧ケアが主観的健康観を維持する効果があるかどうかを確かめることにしました。 化粧をすると心が華やぎます。逆に、外に出る機会がなくなると化粧をしなくなります。このように書くと卵と鶏どっちが先かという感じがしますが、高齢期では、ある時は鶏が先、ある時は卵が先といったように、状況によって替わっていくのではないかと仮定し、まずは化粧を通してどのくらい心の健康が保たれるのかを調べてみることにしました(平成26年度経済産業省健康寿命延伸産業創出推進事業に採択)。
化粧ケアは、自宅で行うことを基本として、月2回お集まりいただいてケアのポイントとなる点を説明し、次回に実施状況を確認するという形式で行いました。3ヶ月間化粧ケアを行っていただき、化粧ケアをされていない方と主観的健康観を比較しました。
その結果、参加された皆さん見違えるように美しくなられました。男性の方もいらっしゃったのですが、男性もかっこよくなられていました。化粧ケアに参加するようになってから、「きれいになった」などと声をかけられることが多くなって、心の健康度が高まったと話される方もいらっしゃいました。
化粧ケアを受けられた方と受けられていない方の様々な背景のちがいを統計学的に調整して比較可能なものにする、傾向スコア法という新しい分析方法(無作為化比較対照試験に準ずる科学的に信頼性の高い方法)を用いて、化粧ケアと健康度について分析を行いました。その結果、図2のように、化粧ケアを受けていない群(対照群)では、健康度が低下したのに対して、化粧ケアを受けた群(参加群)では、健康度の低下が認められませんでした。この差は統計学的に有意であり、化粧ケアには健康度を高く保つ効果があることが明らかです。
図2:化粧ケア参加前後の主観的な健康観の変化(*p<0.05)
健康は、単に病気に罹っていないということだけでなく、精神的に健康であることも定義に含まれます。病は気から、心の健康寿命をのばして、健康長寿を目指しませんか。