災害準備されていますか?―要介護高齢者の災害準備を考える―

福祉と生活ケア研究チーム 涌井智子

はじめに

2011年3月11日に起きた東日本大震災は、特に高齢者が災害に脆弱であることを、高齢社会の新しい課題として改めて考えさせられる契機となりました。高齢社会白書によれば、災害による死亡者の7割近くが60歳以上で、震災関連死(震災による負傷の悪化等により亡くなった人)に到っては、9割が高齢者であることが報告されています1

地域で、高齢者が安心して生活を続けるためには、高齢者の災害対策とそのための支援体制の強化は避けては通れない急務の課題であり、「いざ」という時を念頭に置いた対策が必要です。ではどのように準備を進めたらよいでしょうか?実は、介護が必要な高齢者のための対策というのは、まだ、あまり具体化されていません。我が国では、2004年の新潟・福島、及び福井豪雨を受けて高齢者や障碍者等の配慮が必要な対象者についての記載が災害対策基本法に盛り込まれ、それから10年が経ちましたが、高齢者の災害対策のための十分な支援には至っていないのが現状です。お住まいの地域の災害の手引きを確認してみてください。介護が必要な方、その他いろいろな理由でお手伝いが必要な方に向けた情報が少ないことに気づくと思います。

米国における高齢者災害対策の現状

米国では、2005年に発生したハリケーンカトリーナやリタによる高齢者の被害の多さを教訓に、高齢者や障碍者等、災害に脆弱な住民を対象にした調査が集中的に行われました。これらの調査から明らかになったことは、高齢者本人が家族や友人・知人と一緒に災害計画をたてておくことに加え、必ずしもすぐに避難が必要でない場合には、3日間自宅で待機できるように物資を準備しておく事の重要性です。これは、施設入所の高齢者にとっても同じことが言えますが、移動による身体的・精神的負担が、高齢者にとってとても大きいためです。また、災害時に連携が取れるよう、病院、診療所、福祉施設だけでなく、地域の企業などと一緒に、支援や連携が可能な体制を整えておくことが重要だと報告されています。具体例をお示しします。米国の南東部は竜巻が多い地域ですが、この地域の高齢者施設の施設長さんたちは、「竜巻が発生した際に、避難が必要かどうかを決定することが一番難しい。なぜなら、避難をすれば必ず数名のご利用者を亡くすことになるからだ」と報告しています。そして、いったん避難が必要だと判断した場合には、日頃から連携を約束している地元のバス会社に移動の手伝いを依頼するとともに、州外の(または、竜巻の通り道になっていない)他の高齢者施設に受け入れの確認を打診するといった連携がとられます。このように、米国では研究成果をもとにした高齢者への災害対策が少しずつ進みつつあります。

災害関連研究

災害関連研究の中でも我々が行っている社会科学系の研究は、大きく分けて、災害準備期(災害発生の前)、初動期(災害発生時から72時間)、そして展開期(その後)の3つに分類されます。災害準備期の研究は、災害準備に必要な情報提供や地域における避難訓練の充実、準備期において支援が必要な対象者の特定、そして準備を促進する上での支援ニーズを明らかにすることが含まれます。また、初動期では、災害が発生してすぐに必要となる医療や支援物資、避難所の整備、避難場所や避難方法の確立についての研究、展開期では、どのように復興を支援するか、地域ネットワークの創生やまちづくりについての研究などが含まれます。

高齢者は、これらのどのフェーズにおいても脆弱であることが報告されています。災害発生時には、避難が遅れてしまったり、災害時の怪我により亡くなる可能性が高くなります。また、災害から逃れることができても、その後の避難所での生活の中で、病気になりやすかったり亡くなることも少なくありません。そして、災害準備期においても、高齢者では、災害準備が十分になされていないことがわかっています。

災害はいつ起きるのか、またどの程度の規模になるか、そのリスクを正確に予測することは難しいものです。しかし、準備期、初動期、展開期において、個人で対処することができる最初のステップは災害準備です。実際に、災害に向けて準備をしている人のほうが、災害発生時に助かりやすいこともわかっています。大規模な災害が発生した場合には、医療機関や介護サービス機関、地元の自治体なども非常事態となっているわけですから、すぐに手助けを得ることができるとは限らず、個人で準備をしておくことが大切になるわけです。

介護が必要な方の災害準備における課題

そこで、われわれは「要介護高齢者の災害準備支援」プロジェクト2を立ち上げ、特に高齢者の方で、介護やお手伝いが必要な方の準備期の支援を目的に研究を行っています。要介護者の方やご家族が、特別に準備をしておく必要があるものは何か、災害準備を促進するためにはどのような支援ニーズがあるのか、どのような情報を必要としているのかを明らかにすることを目的としています。

この研究では、自宅で生活している要介護者の方ご本人とその家族に、インタビュー調査やアンケート調査を実施し、災害準備の状況や支援ニーズについて調査を実施しました。明らかになってきたのは、災害準備に対する高い意識を持っている一方で、いざというときに役立つ準備にいたっていないという実態です。備蓄品の多くは賞味期限が切れており、かかりつけ医や既往歴、お薬情報や緊急連絡先等を記載した緊急時メモは、情報がアップデートされていないといった状況です。また、要介護の方に認知症がある場合には、さらに準備がなされていないことも明らかになっています。認知症の方に必要な災害準備に関する情報が不足しているといった理由が考えられます。

家族の役割・地域の役割

一般に、災害準備において家族が重要な役割を果たすことはこれまでの研究でも言われてきましたが、我々は、特に「要介護高齢者の災害準備における家族の役割」に焦点をあて、952人の要介護高齢者の家族を対象にした質問紙調査を実施しました。この研究から明らかになったのは、要介護者の災害準備が介護する家族側の要因によって異なるという状況です3。家族介護者の年齢が若かったり、介護経験が浅い、或いは経済的に苦しいと、準備が十分になされていない状況が報告されています。逆に言えば、家族にアプローチすることで、要介護高齢者の災害準備を支援することができるというわけです。

一方、家族の7割が、災害準備の状況について不安を抱えていることも報告されました。家族が不安を感じるのは、その準備状況に関わらず、移動に支援が必要な方を介護している場合、そして介護者である家族自身が高齢であったり、女性であったり、健康に不安を抱えている場合です。つまり、避難が必要となった場合に、自分と要介護者が避難できるかどうかというところに不安を感じているというわけです。介護する家族が日中、仕事等で家を離れていることも多く、家族がいない間に災害が発生する事もあるでしょう。高齢者の災害準備に重要な家族の役割ですが、災害発生時に家族がその場にいない、またはその場にいても避難を手伝うことができないといった状況は十分考えられるのです。

このような場合に重要となるのが地域の役割です。上の調査で同様に明らかになったのが、要介護高齢者の災害準備に、家族が地域とどの程度関わりがあるのかによって、その準備状況が異なることです。家族が、地域において日常会話程度の関わりしか持っていない場合に比べて、介護に関連したサポートをやり取りできるような関わりを持てていると1.5倍も災害準備が進むことが明らかになっています。つまり、地域住民との関わりは、いざというときの災害準備に繋がることが実証されたわけです。要介護者の災害準備を進めるために、地域へアプローチすることも大切であると示唆されているわけです。

終わりに

「要介護」といっても、移動に支援が必要な場合、認知症の場合では必要とされる支援は異なります。頼れる家族の状況や、お住まいの地域によって想定される災害も様々です。そこで、まずは要介護者と家族が、災害時に必要となる支援を各々整理し、それにもとづいて計画をたて、近隣の方や利用するサービス提供者に事前に相談しておくことが大切になります。そして、一見、間接的と思われる家族と地域のつながりを強化することが要介護高齢者の災害準備につながるというわけです。

要介護者を支える災害準備支援は緒に就いたばかりです。支援する側とされる側が、互いに連携しながら災害準備を進めることで、災害発生時の高齢者の被害を最小限にする事が可能になると考えています。

【参考】

  1. 厚生労働省, 平成24年版度高齢社会白書. 2012.
  2. 要介護高齢者の災害準備を支える情報支援プロジェクト.
  3. Wakui T, et al., Disaster preparedness among older Japanese adults with long-term care needs and their family caregivers. Disaster Medicine and Public Health Preparedness, 2015. (in press).

災害準備を支援する冊子

これらの研究成果をいかすために、要介護高齢者の方とその家族が災害準備を進める上で特に気をつけるべきポイントと、既往歴や緊急連絡先を記載し2回まで更新することができる災害準備ノートを含む支援のための冊子を作成しました。要介護者と家族の災害準備の助けとなるヒントがまとめてあります。

まずは自ら災害準備

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※本研究は、日本学術振興会科学研究費および2013年度公益財団法人在宅医療助成勇美記念財団の助成を受けています。