老化という言葉には2つの意味が存在します。1つ目は、年齢とともに体力や記憶力が衰えるなど様々な体の機能が低下する「個体老化=加齢」です(図1)。老化と言えば、この加齢をイメージする方が多いかと思います。2つ目は、個々の細胞が増加する能力を失ったり、テロメアが短くなったりするなど、細胞自体に表れる形質変化を伴う状態を示す「細胞老化」です(文献1)。
日頃、私たちが細胞の老化を意識することはありません。しかし、体の各部位では、老化した細胞が蓄積することで、細胞同士の情報交換がうまくいかなくなったり、他の細胞の邪魔をして各臓器の機能を低下させたりすることで、個体の老化すなわち加齢が進んでいくと考えられています。つまり、細胞の老化を知ることは、加齢を知る近道だと考えられます。
細胞の表面には様々な糖鎖が存在しています。糖鎖は、血液型を区別したり、ウィルスへの感染に関与したり、がん化を識別したりするように多種多様な役割を示すことから"細胞の顔"と呼ばれています(図2)。細胞表層の糖鎖はこれまでに多くの研究で用いられ、細胞の種類や状態を反映すること、病態により変化することが明らかとなっています(文献2-4)。
私たちの研究では、細胞表層に存在するタンパク質上の糖鎖を調べた結果、細胞表層に多く存在するシアル酸という糖鎖が細胞増殖を繰り返し、老化した細胞で徐々に減少することを明らかにしました(文献5)。シアル酸は、糖鎖構造の中でも細胞表層から遠い場所(非還元末端)に多くが存在し、細胞の変化と顕著に連動していることが多数報告されています。また、私たちの実験で若齢者由来および高齢者由来の細胞を比較した結果、高齢者由来の細胞においても細胞表層に存在するシアル酸の割合が少ないことを明らかにし、細胞が老化した末に生じる糖鎖の組み合わせと個体老化で生じた糖鎖の組み合わせが類似することを明らかにしてきました(図3)。
糖鎖研究の多くは細胞表層の糖鎖に注目したものですが、細胞の内部にも糖鎖は存在しています。しかし、一般的には遊離糖鎖(細胞内で糖鎖のみの状態で存在しているもの)や合成過程(糖が結合し糖鎖が複雑な構造に構成されている過程のもの)の糖鎖が多く、細胞内部に存在するタンパク質に結合した糖鎖についてはあまりわかっていませんでした。そこで、私たちのチームは未解明なことが多いこの細胞内糖タンパク質の糖鎖変化について調べました。細胞表層糖鎖を調べた方法と同様に、若齢者ならびに高齢者の皮膚由来線維芽細胞を繰り返し培養し、定期的に回収しました。得られた細胞のタンパク質を分画し、レクチンマイクロアレイ法*という糖タンパク質を検出する手法を用いて細胞内の糖タンパク質が有する糖鎖の種類を可視化しました。その結果、細胞表層を調べた時とは異なり、細胞老化や個体老化に伴う細胞内に存在する糖タンパク質上の糖鎖に顕著な変化は見られませんでした。
前述で、細胞内部の糖鎖では、細胞表層に比べ顕著な変化がないことを述べましたが、細胞表層と内部の糖タンパク質上の糖鎖の割合の変化を見てみると、大変興味深いことが見えてきました(文献6)。1つ目は、細胞内部と細胞表層のシアル酸の変化では、細胞内部の糖鎖の割合が増殖を繰り返し、老化した細胞において徐々に増加することを明らかにしました(図4)。2つ目は、繰り返し培養したことにより老化した若齢者由来の細胞に見られた細胞内外のシアル酸の比と、高齢者由来の培養開始直後の細胞で見られた細胞内外の比が一致していたのです。このような比は、細胞老化に見られた細胞内外における糖タンパク質上の糖鎖の比の変化が、個体老化に反映されることを示しています。つまり、個々の細胞老化が個体老化と相関していることを示唆しています。
様々な指標になりうる糖鎖を用いて、細胞の状態(本研究では、細胞の中と外の糖鎖の割合)を調べると個体老化の程度がわかるようになるかもしれません。今後は、変化する糖鎖の機能的役割とその変化のメカニズムを調べることで、細胞老化における変化が加齢や加齢に伴う疾患においてどのように影響しているかを明らかにすることを目指しています。
また、将来的には血管年齢を測定するように、細胞測定によって個体の機能を知る実機能年齢測定などが実現する日が来るかもしれません。少し夢のような話になりますが、細胞を測定することによって、健康な生活を送るために体のどこを鍛えればよいかを知ることが可能になれば、健康な状態で長生きをすることも可能になると期待されます。
*レクチンマイクロアレイ法:ガラス基板上に固定したレクチンと試料(解析対象)となる糖鎖の相互作用により、糖タンパク質上の糖鎖を蛍光標識により検出する手法。