"喉"という器官は、私たちが生きていくうえでどんな場面で役立っているイメージでしょうか?喉は主に、声を出したり、口から食べた食物を食道や胃へおくったり、また、喉の感覚(いわゆる"のどごし"等)を脳に伝えることなどをしていますね。そして、これらの喉の機能が正常に働くためには、喉に分布する神経がきちんと働くことが重要と言えます。
最近、私たちの研究において、喉の神経が働くと上記で示した働きだけでなく、意外にも、健康に大切なホルモン(体内で作られて、体の特定の細胞に作用する化学物質)の分泌が促進されることが新たに分かってきました。このトピックスでは、これまであまり知られていなかった、喉の神経と健康に大切なホルモン分泌の関係を解説し、喉の神経の活性化が健康長寿に役立つ可能性について紹介したいと思います。
喉の前面には甲状腺という内分泌器官が張り付いていて、「カルシトニン」や「サイロキシン」という名前のホルモンを分泌しています。カルシトニンは骨を丈夫にするホルモンで、そのほか、痛みを抑える作用もあるため骨粗しょう症の治療のための薬として用いられることもあります。サイロキシンは、代謝を良くして身体を温めたり、最近では脳にダメージが及んだ時にその修復を助ける作用があることも示唆されています。どちらも、活発に生きていくために大事なホルモンで、過不足なく分泌される必要があります(図1)。歳を重ねると、代謝が落ちたり、骨が弱ったりすることがよく見られることから、高齢者にとってもこれらのホルモンがきちんと分泌されることは大事なことだと考えられます。
私たちの研究では、喉の神経と甲状腺からのホルモン分泌の関係を調べるために、麻酔をしたねずみ(ラット)を使って、喉の神経(上喉頭神経という)に電気を流して喉の神経を活性化しました。すると、喉の神経に電気を流している間は、甲状腺からサイロキシンやカルシトニンの分泌が増えていました。この研究で初めて、喉の神経が活性化すると甲状腺からのホルモン分泌が増えることが証明されました。
図1 甲状腺から分泌されるホルモンの働き
喉の神経が活性化して甲状腺からのホルモン分泌が増えた結果、身体にはどんな変化が起こるのだろうか?という新たな疑問が生まれ、次にそれを調べることにしました。
まず、私たちは喉の神経の活性化でカルシトニンの分泌が増えることに注目しました。カルシトニンは、骨からカルシウムが溶け出て行ってしまうのを抑制することで、骨を丈夫にする作用があります。そこで、骨密度が減少する疾患である骨粗しょう症のラットの喉の神経を長期間活性化して、骨密度に変化があるかを観察することにしました。麻酔をして喉の神経に電極埋め込んだあと、約1カ月間、週に4回の頻度で喉の神経に電気刺激を与えました。その結果、喉の神経を刺激した骨粗しょう症のラットでは、刺激をしなかった場合よりも、足の骨密度の低下が部分的に抑制されたのです(図2)。おそらく、喉の神経が長期間、活性化されたことで、カルシトニンの分泌が増えて、それが骨に作用して、骨密度の減少を抑えたのだと考えられました。
骨粗しょう症は多くの高齢者が経験する疾患ですが、いまだに使いやすい薬は少ないのが現状です。喉の神経の活性化が、骨粗しょう症の新しい治療法として応用される日が来るかもしれません。
図2 喉の神経へ電気刺激した時(約1カ月間)の骨粗鬆症ラットの骨密度への効果
私たちの生活の中で、神経はどんな時に活性化するでしょうか?皮膚の感覚を伝える神経であれば、皮膚に触れた時に活性化しますし、筋肉に繋がる神経であれば、筋肉を動かすときに活性化します。では、喉の神経はどうでしょうか。前述したように、口から摂取した食べ物や飲み物が喉を通ったときや、声をだして喉が震えているときに活性化することがわかっています。このように、電極を埋め込み神経に電気を流さなくても、日常生活の中にある自然な刺激によっても、神経は活性化することができます。実際に私たちの研究室で、食べ物に見立てた小さなバルーンをラットの口から入れて喉を通過するようにして、喉に優しく自然刺激を与えたところ、喉の神経が活性化することが確認されました。
自然な刺激でも喉の神経が活性化されることがわかったので、次に私たちは自然刺激でサイロキシンやカルシトニンの分泌が増えるかどうかを調べました。
麻酔をしたラットを用いて、口から小さなバルーンを入れて喉に自然刺激を与えました(図3A)。すると、喉を優しく刺激している間は、甲状腺からのサイロキシンとカルシトニンの分泌が約2倍に増加することがわかりました(図3B)。また、喉の神経を切断してしまうと、喉に自然刺激を与えてもホルモンの増加が見られなくなってしまいました。このことから、喉を刺激する→喉の神経が活性化する→ホルモン分泌が増える、という反応の流れがあるのだということがわかりました。さらに詳しく反応の流れを調べたところ、喉を刺激して喉の神経が活性化すると、反射的に甲状腺に繋がっている自律神経(副交感神経)が活性化されることで、甲状腺からサイロキシンやカルシトニン分泌が増加することがわかりました。
神経に電極を埋め込み、神経を電気的に刺激することは簡単ではありません。食べ物が喉を通るなどの日常の中の簡単な行動で神経を活性化させることでも、ホルモンの分泌を促進できる可能性を見出しました。
図3 喉へ自然な刺激によるサイロキシンとカルシトニン分泌
ここまでに紹介した内容は、すべて、実験動物を使った研究によってわかってきたことです。今後、研究を発展させ人間でも同じ仕組みが備わっているのかを明らかにしていく必要があります。高齢になると、口から食べる代わりに胃や血管から栄養を補うことがあります(経管栄養という)。経管栄養では、十分に栄養を取っていてもなかなか元気が出ないことがよくあるそうです。これは、喉を刺激する機会が減ってしまい、喉の神経が活性化されづらくなったことが、一つの原因となっているかもしれません。このように、日常生活の何気ない行動の中に、年をとっても元気に生きていくための秘訣が隠されているのではないかと私たちは予想しています。厳密な研究により、どのような行動や刺激が大事なのかを明確にすることで、加齢で衰えがちな生理機能を良好に維持するコツを提案していくことが目標です。
1) Hotta et al. (2017) Front Neurosci. 11: 375
2) Iimura et al. (2019) J Physiol Sci. 69: 749
3) Iimura and Watanabe et al. (2020) Biomedicines. 8: 369