高齢期における口腔機能の重要性 ~オーラルフレイルの観点から~

自立促進と精神保健研究チーム  小原 由紀

はじめに

 糖尿病と歯周病との関連など、口腔の健康状態が全身の健康にも大きく関与することが、近年様々な研究で明らかにされています。さらには、口腔衛生状態を保つことが、誤嚥性肺炎の発症予防、手術を受ける前から手術後までの期間(周術期)やがん治療の際に生じやすい口腔内合併症の予防や軽減、さらには入院日数の減少につながることも明らかされており、生涯を通じた適切な口腔管理が重要視されてきています。
 「8020運動」という言葉を1度は耳にされたことがあるかもしれません。これは、平成元年から始まった「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という、歯科の健康増進のための啓発運動です。厚生労働省が実施している歯科疾患実態調査の結果によると、平成5年(1993年)時点では8020達成者の割合は約1割程度でした。しかし、歯科医療技術の進歩や国民の口腔保健に対する意識と行動の変化が奏功し、直近の平成28年(2016年)の調査結果では、8020達成者は5割を超えました。
 ご自身の歯を多く維持することはもちろん重要なことではありますが、口腔が良好な健康状態を保つためには、歯の数を維持することに加え、「口腔機能」にも着目する必要があります。私たちの研究チームでは、これまで口腔機能がフレイルにもたらす影響や口腔機能の向上の効果などについて検証を行ってきました。そこで、今回は口腔機能の重要性やオーラルフレイルについて、これまで得られている研究成果からの知見と今後の展望について解説いたします。

口腔機能の多様性

 口腔は、食べ物をとらえる捕食、咀嚼、唾液分泌、味覚、嚥下、構音機能など多様な機能を有し、口腔機能は「食べること」と「人と関わり」の二つの大きな役割を担い、人が社会生活を営む上では不可欠です。口腔機能は、歯の喪失だけでなく、義歯の不具合、唾液分泌低下、口唇や舌の不活動(廃用)などによって低下をきたしますので、口腔機能の持つ多様性を踏まえたアプローチが必要となります。
 当研究所が毎年実施している「お達者健診」に参加した地域在住高齢者の方の口腔健康度を調査したところ、「歯の数」よりも「硬いものがかみにくい」、「お茶や汁物でむせる」、「口が渇く」といった口腔機能の低下が強く関与していることが分かりました1)。すなわち、口腔の健康を決めるのは単なる歯の数だけではなく、「口が口としての機能を十分に発揮している」ことだといえます。

口腔機能低下がもたらす影響

 口腔機能低下は、全身状態や生活にも大きく影響を与えることが、数々の疫学研究からも分かっています。なかでも一番注目すべきはフレイルとの関連です。フレイルとは、加齢とともに心身の活力が低下し、要介護状態となるリスクが高くなった状態をいいます。フレイルの問題は、身体的な問題だけでなく、精神・心理的または社会的など多面的な問題を抱え、生活機能障害、要介護状態、死亡などの転機に陥りやすい点が挙げられます。しかし一方で、早く介入して適切に対策を行えば元の健常な状態に戻る可能性があることから、国でも今年4月から後期高齢者を対象とした「フレイル健診」を始動させるなど、本格的にフレイル対策に取り組んでいます。
 私たちが行ってきた地域在住高齢者を対象とした大規模調査では、咀嚼機能低下が2年後のフレイルの発現と関連することや2)、フレイルと構音機能(いわゆる滑舌)と関連することも明らかになっています3)。噛むことや発音するといった口腔周囲の運動機能が、単に口の問題だけでなく、フレイルとも密接に関与していることを示しています。フレイル予防の柱には、「栄養・運動・社会参加」が掲げられています。口の健康とフレイル、その関係性は一見遠いように思えますが、口腔は栄養の入り口であり、社会参加のための意思伝達・感情表出において不可欠な存在であると考えれば、口腔機能とフレイルの関係性についてのこれらの研究結果は、うなずけるものであろうと思います。
 また、口腔内の環境を良好に維持する上で重要なのが唾液の存在です。唾液には、消化作用、粘膜保護作用、抗菌作用などの様々な機能を有していますが、心理的な要因や服薬によって唾液分泌は抑制され、自浄作用の低下による口腔衛生状態の悪化、むし歯のリスクなどの影響を及ぼします。口腔内が乾燥することによって引き起こされる不具合を訴える高齢者の割合は高く、咀嚼や嚥下の困難感だけでなく、4年後のフレイルの発現に影響していることが、「お達者健診」受診者のデータからも明らかとなっています4)
 つまり、口腔機能の低下は、生活の質にも直結した問題であるととらえることができます。実際に、2016年に実施した「高島平スタディ」の調査では、外出頻度が減少している人は、そうでない人に比べ、口腔機能が低下している割合が高く、口腔機能は社会性にも大きく関与していることが示されました5)。ほかにも咀嚼や唾液分泌などの口腔機能と生活の質(QOL)との関連については、国内外で多くの研究報告があります。
 しかしながら、口腔機能の低下は初期のころには自覚しにくく、生活上の不具合の程度も小さいために見過ごされがちなのが実情です。また、一般の歯科医院では、これまで歯科治療は形態の修復、つまりむし歯や歯周病によって失われた形態を元に戻すことに主眼がおかれ、口腔機能に関する取り組みは、地域における介護予防事業や介護保険による対応にとどまっていました。そのような中、8020運動に続く新たな口腔保健上の課題解決のために生まれたのが「オーラルフレイル」の概念です。

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図1 オーラルフレイルの概念図

オーラルフレイルとは

 超高齢社会にある我が国の喫緊の課題であるフレイルについて、「食」と「口腔」の観点からモデル化したのが「オーラルフレイル」です。単に口腔の問題にとどまらず、フレイルの予防・健康寿命の延伸まで視野を広げた日本オリジナルの概念です。オーラルフレイルは、単なる加齢による口腔機能の老化の問題ではなく、社会的問題や精神的問題、食・栄養の問題などが複合して生じる不自然な衰えをも含んだ高齢期における健康課題であり、疾患(病気)や個々の機能の低下に着目するのではなく、より生活を重視したモデルだといえます。オーラルフレイルは、図1のように4つレベルでとらえ、それぞれの対応方法についても示していています。

オーラルフレイルが生活にもたらすもの

 オーラルフレイルは、ここ数年の間に日本の研究者たちで形作られた比較的新しい概念ですが、オーラルフレイルが具体的に生活に関わる要因とどのように関連しているかについて、日々私たちの研究チームでは、地域在住高齢者を対象としたデータに基づき検証を進めています。
 歯の数、咀嚼や嚥下の困難感、舌の力、舌口唇運動機能、咀嚼力の6項目で評価し、3項目以上該当した場合にオーラルフレイルと定義をした場合に、オーラルフレイルの該当する高齢者の割合は、19.3~20.4%でした。次にオーラルフレイルの人は、そうでない人と比べて低栄養状態である割合が2.17倍高いことが分かりました6)
 また、孤食の人は、そうでない人に比べて、年齢や性別、独居の有無、生活習慣などの影響を調整してもオーラルフレイルの割合が1.82倍高い結果を示していました7)。「食」は単に必要な栄養を取ることにとどまらず、「誰かと食べる」こと、「共食」は食べる楽しみや人とのつながりにも直結していますので、栄養バランスのとれた食事をとることと、誰かと楽しく食べることも、口の健康づくりの目標として重要であるといえます。
 さらには、4年間の追跡調査で、オーラルフレイルの方は、死亡リスクが高まることやフレイル、要介護になりやすいことが分かりました8)。早期にフレイルにつながる「口」にまつわる問題に気づき対処することが重要であり、その意味からも、特に重要なのが第2の「口のささいなトラブル」のレベルであるといえます。

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図2 オーラルフレイルがもたらす影響

口腔機能を向上させることの効果

 私たちは、神奈川県が行っている「オーラルフレイル対策事業」に、プロジェクトチームのメンバーとして参画し、実態調査のほか改善プログラム効果検証事業に関与してきました。改善プログラムでは、神奈川県内の特定地域の住民を対象に、舌圧の訓練や発音訓練、咀嚼訓練などを指導し、ご自身で継続実施してもらった結果、口腔機能のいずれの項目においても改善を認めていました。なお、改善プログラムの一部は、当研究所の以下のホームページでも公開しています。(https://www.tmghig.jp/research/publication/oral-frail/
 食べること、話すことなど普段の生活の中で口唇や舌、頬の運動については意識することがほとんどないと思いますが、様々なトレーニングを実施することによって、嚥下機能、唾液分泌量の改善や味覚の改善にもつながることも、私たちの研究チームで行った介入研究でも明らかになっています。毎日の歯磨き習慣に、これからは口腔のトレーニングもぜひプラスしてみてください。

新たな保険病名「口腔機能低下症」

 図1のオーラルフレイルの概念図の第3レベルは、口腔の複数の機能が低下した状態で、「口腔機能低下症」と診断されるものも含まれます。「口腔機能低下症」は、平成30年度の診療報酬改定で導入された新病名です。口腔機能低下症は、おもに50歳以上を対象に歯科医療機関で以下の7項目の口腔機能評価を行い、3項目以上の項目で低下が認められた場合に診断されます。
 歯科医療機関で、口腔機能の低下を専門的な計測機器などを用いて定量的に評価することで、機能低下の早期発見・早期対処を行っていきます。口腔機能低下症は、これまでむし歯や歯周病のような治療とは異なり、個人個人の状態に合わせた管理計画を立案して、従来の歯周病や義歯治療などに加えて、栄養指導や口腔機能を改善させるための訓練の指導などを行って継続的な管理を行っていくこととなります。

おわりに

 「食べることは、生きること」―私たちの身体は、日々口にした物でできています。口は、栄養の入り口です。また、思いを言葉にし、表情を作って感情を伝えるなど、口は感情の出口でもあり、生活していく上で不可欠な存在です。私たちの研究テーマでは、当初よりオーラルフレイルの概念構築に関与してきました。今後も口腔保健と栄養の観点から、ひとびとの暮らしを豊かにする基盤となるエビデンスの創出に努めていきたいと考えています。

 参考文献

1) Ohara Y et al. GGI, 15:755-761,2 015.
2) Horibe Y et al. J Oral Rehabil, 45:864-870, 2018.
3) Watanabe Y et al. JAGS, 65:66-76, 2017.
4) Ohara Y et al.Arc GerontolGerlatr,99:104308,2022
5) Mikakmi Y et al. GGI, 19:792-797, 2019.
6) Iwasaki M, JNHA, https://doi.org/10.1007/s12603-020-1433-1m, 2020.
7) Ohara Y et al. Arc Gerontol Geriatr, 87:104014, 2020.
8) Tanaka T et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci, 73:1661-1667, 2018.