2023.5.1更新
「タンパク質」というと、食物に含まれる「栄養」を思いうかべる方が多いかもしれません。食物中のタンパク質は、主に肉や魚に多く含まれますが、これは動物や魚のからだはタンパク質からできている、ということです。私たち「人間」も動物ですから、実は私たちのからだの中にも、タンパク質はたくさん含まれているのです。
では、私たちのからだに含まれるタンパク質は、からだの中でいったい何をしているのでしょうか。
タンパク質は、からだを構成する細胞を「形づくる」役割だけでなく、生きていくための「さまざまな活動を行う」という重要な役割を担っています。つまりタンパク質は、からだの中で「きちんと働く」ことで、わたしたちの健康を支えているのです。
タンパク質が「きちんと働く」ためのしくみはたくさんあるのですが、その中の一つが「タンパク質糖鎖」です。タンパク質糖鎖は、「糖鎖」という言葉から想像されるとおり、タンパク質に結合している「ブドウ糖のような糖がつながってできた鎖」のことをいいます。
このタンパク質糖鎖が、どのようなしくみでタンパク質をきちんと働かせているか、ということは、また別の機会に譲りまして、今回はタンパク質糖鎖が、「健康状態を反映して変化する」というところに着目しましょう。
前述のように、タンパク質糖鎖は「糖がつながってできた鎖」ですので、その長さ、つながっている糖の種類、あるいはつながり方(分岐するかどうか)などがさまざまで、とても多様な構造をしています。この「糖鎖の構造」は、病気や栄養状態の変化、あるいは生活環境の変化などに応じて、変化するのです。たとえば、血液中の血漿タンパク質の糖鎖構造は、「がんに罹(かか)る」ことによって変化するため、糖鎖構造の変化を調べることによってがんに罹っているかどうかがわかる、すなわち「がん」の診断マーカーとなることが知られています。
そこで私たちは、糖鎖が「健康長寿」を反映するのではないかと考えました。ヒトの老化や健康長寿には、遺伝的因子だけでなくさまざまな環境的因子(生活習慣、運動習慣、社会環境など)が関わっています。そこで、このようなさまざまな環境的因子を反映して変化する糖鎖構造を調べることで、「健康長寿の秘訣」に迫れるのではないかと考えています(図1)。
日本には、健康長寿を達成している方がたくさんいらっしゃいます。特に、105歳を超えてなお健康を維持している「超百寿者」の方々は、ヒトの長寿モデルと考えられます。そこで私たちは、超百寿者の血漿タンパク質の糖鎖構造を、若齢者(20〜30歳代)や老齢者(70歳代)と比較し、健康長寿のモデルである超百寿者に特徴的な糖鎖構造を調べました。
若齢者、老齢者、超百寿者の血漿タンパク質から糖鎖を切り出した後、液体クロマトグラフィー-質量分析装置(LC-MS)を用いて、糖鎖構造を解析しました。その結果、一人あたり50種類以上の糖鎖をみつけました(図2)。みつけた糖鎖についてそれぞれ定量し、多変量解析を用いて超百寿者に特徴的な糖鎖を調べたところ、超百寿者では高分岐(枝分かれが多い)でシアル酸を含む糖鎖が増加することが明らかになりました(図3)。
高分岐でシアル酸を含む糖鎖は、炎症に対応して増加する糖鎖であることが知られています。そこで、炎症マーカーであるCRP (C-reactive protein)、IL-6 (interleukin 6)、TNF-α (tumor necrosis factor-α)を調べたところ、超百寿者では若齢者や老齢者よりもこれらの炎症マーカーが増加していることがわかりました。つまり、超百寿者は若齢者や老齢者よりも炎症が高まっており、それに対応して、高分岐でシアル酸を含む糖鎖が多くなっているのではないかと考えました。
そこで次に、これらの高分岐でシアル酸を含む糖鎖がどのタンパク質に結合しているのか調べました。その結果「ハプトグロビン」という、やはり炎症に関連するタンパク質に結合していることがわかってきました。超百寿者の健康長寿の秘訣には、どうも「炎症」が関わっているようですね。
加齢に伴って慢性炎症の状態になり、それが高齢者の生活の質(Quality of Life: QOL)を低下させ、余命までも短くすることが知られています。今回の結果から、超百寿者では、炎症マーカーが増加して炎症が亢進していることがわかりました。私たちは以前、超百寿者の血漿タンパク質を解析し、超百寿者では若齢者に比べて酸化ストレスが高まっていることを明らかにしました。酸化ストレスとは、老化やさまざまな疾患をひきおこす「活性酸素によるストレス」のことです。炎症は酸化ストレスを発生させるので、超百寿者での慢性炎症は、まさに酸化ストレスが高まることになります。つまり、健康長寿のモデルと考えられる超百寿者たちも、加齢に伴う炎症や酸化ストレスから免れていない、ということなのです。
では、健康長寿の秘訣はどこにあるのでしょうか?
糖鎖解析の結果から考えると、糖鎖の構造変化(高分岐でシアル酸を含む糖鎖が増える)などを通して、慢性炎症にうまく対応しているところ、すなわち歳をとっても「きちんとストレスに対応できる」ところにあるのかもしれません。
超高齢社会を迎え、「健康寿命を延ばすこと」はわたしたちの希望であるだけでなく、社会にとってもとても重要な課題になっています。しかし「健康長寿」にはさまざまな要因が関わっているため、「長寿遺伝子」「栄養」「運動」といったキーワードだけで説明することは難しいと言わざるを得ません。
そこで私たちは、ヒトの長寿モデルと考えられる超百寿者の方々のご協力を得て、さまざまな健康状態の変化を反映する「糖鎖」を解析することにより、超百寿者の血漿タンパク質糖鎖の特徴を明らかにしました。これらの糖鎖の特徴から、健康長寿の秘訣が慢性炎症への対応、すなわち免疫機能の維持にあることを示唆できました。
では、超百寿者の方たちは若い頃から「健康長寿に特徴的な糖鎖」を多く持っていたのでしょうか?それとも、長命になるに従ってこのような糖鎖が増えたのでしょうか?また、糖鎖を作るためのさまざまな「酵素」の中に、健康長寿に関係するものはあるのでしょうか? 今後に向けた研究の課題はつきませんが、これからも「タンパク質糖鎖」の研究をとおして「健康寿命を延ばす」ための秘訣に迫ることができたら、と考えています。