高齢者の経験や知識を若い世代へ継承するために

社会参加とヘルシーエイジング研究チーム 清水佑輔

2023.8.1

はじめに

 高齢者は、社会にとって役に立たない「お荷物」のような存在だといった言説を耳にすることがあります。また、高齢者と一緒に過ごしたり、近隣に高齢者福祉施設が建設されたりするのを強く嫌がる人々が一定数いることも事実です。このように、年齢に基づいて何らかの社会集団 (特に高齢者) に対して向けられるネガティブな態度は「エイジズム」と呼ばれ、高齢者と他世代が互いに協力して生活することを阻害しています。
 「高齢者は社会の役に立たない」、これは果たして本当でしょうか。たしかに高齢者は、若者と同程度の肉体労働を行うことはできないかもしれません。しかし高齢者は、若い世代に比べて多くの人生経験や知恵を持っています。皆さんも、地域の高齢者やご自身の祖父母から、貴重な人生経験や驚くような知恵を教えてもらった経験があるのではないでしょうか。この研究トピックスでは「どうすれば、高齢者が若い世代に対して自身の経験や知識を伝えやすくなるのか」について、そのヒントを探っていきます。

キーワード:世代継承性

 高齢者による若い世代への経験や知識の継承について、ここでは世代継承性 (generativity) という概念に着目します。これは、若い世代との関わりや創造的な行為に対する関心を表す「世代継承的関心」、自身の経験の伝達や助言といった具体的な行動を表す「世代継承的行動」、社会貢献や若い世代への継承に携わっていることへの実感を表す「世代継承的達成感」の3つから成るものです (文献1)。
 高齢者の世代継承性が高いことは、様々な良い影響をもたらします (図1)。例えば、世代継承性が高い高齢者ほど子育て支援行動に関わりやすく (文献1)、人生満足度が高い (文献2) ことが示されています。また、自身の経験や知識を若い世代に継承することは、高齢者自身へのメリットがあるだけでなく、社会全体にとっても非常に有意義です。実際、貴重な郷土文化の伝承や戦争経験の語りなどにおいて、高齢者の活躍は社会全体に大きな恩恵をもたらしています。

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図1.高齢者の世代継承性

どのような特徴を持つ高齢者は、世代継承性が高いのか

 ここでは、世代継承性の高い高齢者が持つ特徴について考えていきたいと思います。近年、高齢者人口の増加に伴って高齢者の多様化が進み、高齢者イメージの個人差が大きくなっているのではないでしょうか (図2)。「高齢者」と聞いて、「毎週末にハイキングやドライブに出かけるようなアクティブな人」を思い浮かべる方もいれば、「認知症かつ寝たきりで介護を受けている人」を思い浮かべる方もいるでしょう。また、「お小遣いをくれる優しい人」をイメージする場合もあれば、「頑固かつ周囲に厳しく、面倒な人」が想起されるかもしれません。
 このような高齢者イメージは、若い世代だけでなく、高齢者自身も抱いているものです。ここでは、高齢者が「高齢者」という社会集団に対して抱くポジティブイメージの程度に着目してみようと思います。高齢者へのポジティブイメージが高い高齢者ほど、自分が所属する高齢者という社会集団への誇りを持ち、自身の経験や知識を若い世代に伝えやすいのではないでしょうか。一方で、ポジティブイメージが低い高齢者は、若い世代への継承を躊躇う傾向があると思われます。

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図2.高齢者に対する多様なイメージ

高齢者へのポジティブイメージと世代継承性

 本チームでは、子供への絵本読み聞かせボランティアを養成する健康プログラム (詳細は社会参加・社会貢献研究のページをご参照ください) の参加者100名 (平均年齢71.68歳) を対象とし、質問紙調査を実施しました。参加者の世代継承性は、改訂版世代継承性尺度 (文献1) を用いて測定しました。一方で、高齢者へのポジティブイメージは、高齢者という社会集団が「陽気な」「積極的な」といった言葉 (文献3を参照して作成) に当てはまる程度を回答してもらう形式で尋ねました。
 分析の結果、高齢者へのポジティブイメージが高い参加者ほど、世代継承的関心や世代継承的行動の程度が高いことが示されました (図3)。つまり、高齢者という社会集団を肯定的に受け止めている高齢者ほど、自身の経験や知識を若い世代に継承することに対して関心を持ちやすく、実際に行動に移しやすいということです。一方で、内集団である高齢者のことをポジティブに捉えていない参加者は、世代継承性が低いという結果が得られました。

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図3.本研究の結果

今後の展開

 本研究では、高齢の参加者が「高齢者」という社会集団に対して抱くイメージに着目しました。その結果、高齢者へのポジティブイメージが高い高齢者ほど、世代継承的関心や世代継承的行動の程度が高いことが示されました (これはあくまでも相関関係に過ぎません)。一方で、高齢者イメージを肯定化させることで世代継承性が高まるのか (因果関係) は未検討です。これについては、今後、実験研究や介入研究によって検討していく必要があります。
 なお、老年学や心理学の研究において、このような高齢者イメージが周囲だけではなく「高齢者自身」に及ぼす影響が検討されています。例えば、高齢者イメージがネガティブな高齢者ほど、認知・身体機能が衰えやすく (文献4)、周囲の人々との交流を拒否しやすい (文献5) といったものです。よって、高齢者が抱く高齢者イメージを肯定化することは、世代継承性を高めること以外の側面でも、非常に重要だと考えられます。

おわりに

 この研究トピックスでは、「どうすれば、高齢者が若い世代に対して自身の経験や知識を伝えやすくなるのか」を検討するため、高齢者へのポジティブイメージと世代継承性の関連について扱いました。今後は、高齢者へのイメージを肯定化させることで世代継承性が高まるのかについて、明らかにせねばなりません。高齢化が急速に進行するなか、高齢者がより積極的に自身の経験や知識を継承し、世代間で互いの長所を生かし合えるような社会の形成が求められています。皆さんも、ぜひ周囲の高齢者と向き合い、その叡智に耳を傾けてみませんか。
 本研究は、第65回日本老年社会科学会大会で発表し、「優秀ポスター賞」を受賞しました。この場を借りて、共同発表者の先生方および調査に参加された地域の皆様に、心より感謝申し上げます。

参考文献

  1. 村山 幸子・小林 江里香・倉岡 正高・野中 久美子・安永 正史・田中 元基・根本 裕太・松永 博子・村山 陽・村山 洋史・藤原 佳典 (2022). 改訂版世代継承性尺度 (JGS-R) の作成と信頼性・妥当性の検討 パーソナリティ研究, 30(3), 151-160.
  2. Adams-Price, C. E., Nadorff, D. K., Morse, L. W., Davis, K. T., & Stearns, M. A. (2018). The creative benefits scale: Connecting generativity to life satisfaction. International Journal of Aging and Human Development, 86(3), 242-265.
  3. 豊島 彩・田渕 恵・佐藤 眞一 (2016). 若者における高齢者虐待の認識度と高齢者への態度との関連:虐待の背景に着目して 老年社会科学, 38(3), 308-318.
  4. Gale, C. R., & Cooper, C. (2018). Attitudes to ageing and change in frailty status: The English longitudinal study of ageing. Gerontology, 64(1), 58-66.
  5. 佐藤 眞一 (2016). Ⅻ-1 老いの自覚と主観的年齢 佐藤 眞一・権藤 恭之 (編) よくわかる高齢者心理学 (pp. 118-119) ミネルヴァ書房