2023.12.5
運動は、加齢に伴う炎症など一部の老化の特徴を抑制できるアンチエイジング効果を持ち[1]、様々な疾患に対しても有効性の高い非薬物療法として認知されています[2]。一方で、身体的不活動は老化を促進し、様々な慢性疾患の要因となります[3]。しかしながら、運動の抗老化作用や疾患に対する影響について、その基礎となる詳細なメカニズムは未だ明らかにされていません。運動の生化学的メカニズムを解明できれば、疾患に対する有効な薬剤の開発などが期待できます。最近私たちは、運動により生体内で発現が上昇し、細胞の老化を抑制する因子を同定することに成功しました。本トピックスでは、運動が細胞老化を抑制するメカニズム解明のため私たちが行ってきた研究について紹介いたします。
ヒトを含む哺乳動物は、加齢に伴い様々な組織に細胞老化を起こした細胞(老化細胞)が蓄積することが知られています[4]。細胞老化の誘導には複数のがん抑制タンパク質が関与し[5]、古くから細胞自律的(細胞が自らの機能や活動を調節し、維持する能力)ながん抑制機構として機能することが知られていました [6] 。また老化細胞は、様々な生理活性物質(ビタミンや抗生物質など生命現象に微量で関与し、影響を与える化合物のこと)を分泌するsenescence-associated secretory phenotype (SASP)と呼ばれる表現型を示し、非細胞自律的(細胞が独自の制御ではなく、外部からの影響を受けながら活動する状態)に近傍の細胞に影響を与えます[7]。このSASPを介した老化細胞の作用が、組織の老化や慢性疾患を引き起こす要因となることが考えられています。近年、遺伝学的・薬理学的な手法により老化細胞除去を行った研究から、老化細胞の除去(セノリシス)が、加齢により低下した組織機能を回復させたり、病態を軽減させたりする作用を持つことが明らかになり[8]、老化細胞が様々な疾患の創薬・治療標的として期待されています。
細胞老化に対する運動の影響について、人間や実験動物を用いて行った複数の研究が報告されています[9]。これらの報告では、習慣的に運動を行っている人では、運動を行っていない人と比較して、末梢組織の細胞における細胞老化マーカーの発現が低いことが示されています。動物実験においても、加齢させたマウスや高脂肪食を摂取させ肥満状態にさせたマウスに運動を行わせると、末梢組織の細胞老化マーカーの発現が減少することが示されており、運動には細胞老化を抑制する効果を持つことが示唆されています。
運動により細胞老化が抑制されるメカニズムを解明するため、私たちは運動の作用を仲介する因子を同定することにしました。私たちは分化誘導したマウス筋芽細胞から細胞老化を抑制する活性を持つ因子が分泌されていることを見出しました。この因子を同定するために質量分析解析を行い、多数のタンパク質の中から先行論文を検索して候補となる因子を絞り、培養細胞を用いた実験を行って細胞老化に対する効果について検証を重ねました。その結果、私たちは細胞老化に対し抑制作用を示す因子を一つ同定することに成功しました。以下この因子を因子Xとします。実際に生体内で因子Xの発現が運動により上昇するかを動物実験で検証したところ、運動を行わせたマウスの骨格筋と血液中で発現が上昇することが確認できました。さらにこの因子Xが、生体内の組織の細胞老化に対して抑制に作用するか検証するため、マウスに因子Xを投与したところ、複数の末梢組織において細胞老化が抑制されることが明らかになりました。
加えて私たちは、加齢性の疾患に対しても効果を示すのか検討しました。慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、世界で死因の上位を占める疾患であり、日本においても500万人以上の有病者がいると推定されています。COPDは加齢により発症率が上昇し、肺気腫を主要病態とします。現在、肺気腫に対する有効な治療法は確立されていませんが、対処療法として運動療法が行われています。因子Xが運動療法の代替としてなり得る可能性を考え、因子Xを投与したマウスに薬剤で肺に肺気腫を発症させたところ、病態が緩和していることが呼吸機能検査および組織学的解析により明らかになりました。
図:運動により分泌される因子Xは、生体内の細胞老化を抑制し、肺気腫病態を緩和する
運動が生体内において有益な効果をもたらすことは明らかではありますが、運動による細胞老化の制御に関する研究はまだ限られており、どのような運動形式(強度や種類)がどの組織や細胞の老化に影響を及ぼすのかなど、未だ不明な点が多いです。私たちが行った研究では、マウスの運動により生体内において発現が上昇し、複数の末梢組織における細胞老化を抑制する因子を同定することに成功しました。さらに、肺気腫病態を緩和させることも可能であることがマウスモデルで明らかになり、運動によって分泌されるこの因子は、老化を抑制する運動模倣薬としての有効性も期待できると考えています。また私たちはこの因子が加齢によって減少することも見出しています。細胞老化はサルコペニアの原因になり得ることが報告されており、私たちが同定した因子がサルコペニアの治療にも応用できる可能性が期待されます。本研究が、新規治療薬などの開発に繋がる一助となれば幸いです。今後さらに健康長寿に貢献できるような研究を進めていきたいと思います。