悪玉因子、活性酸素は記憶学習に必要である―抗酸化物質の過剰摂取に警鐘―

老化脳神経科学研究チーム 柿澤 昌

2024.6.4

はじめに

 活性酸素は老化や生活習慣病の原因物質として知られています。このことから、我々の身体の中から活性酸素は除去した方が良いと考えられ、ビタミンC、ビタミンE、あるいはコーヒーやワインなどに含まれるポリフェノール類などの抗酸化物質の生体への作用に関する研究が盛んにおこなわれています。我々が生命を維持していくためには、代謝活動を行うことが必要不可欠ですが、活性酸素は、主に代謝活動が行われる際の副産物として作られることが知られています。一方で、活性酸素に含まれるスーパーオキサイドや過酸化水素などの分子を産生する酵素が、複数種、見つかっており、活性酸素は酵素の作用により作られることも知られています

 この様に、生体内では必要な時に必要な場所で産生される制御された活性酸素も存在することから、活性酸素は生体内において重要な生理機能も担うと考えられています。そして、脳にも活性酸素を作る酵素が存在します。したがって、脳においても活性酸素が重要な機能を担っていることが推測されますが、実際に、活性酸素がどのような脳機能に関わるのかは不明でした。

活性酸素が記憶学習の持続化の鍵を握る?

 脳の重要な機能の一つとして、記憶学習が挙げられます。認知機能の中核をなす「記憶学習」は、合理的・効率的な行動や危険回避などに必要不可欠です。記憶学習のメカニズムの解明は効率的な学習方法や、記憶学習障害を伴う疾患の治療戦略の開発へと繋がることから、これまでに、記憶学習のメカニズム解明に関する多くの研究が行われてきましたが、いまだに未解明な点が少なくありません。

 その一つとして、記憶や学習したことが長い間維持されるメカニズムが挙げられます。活性酸素は、産生する酵素が脳に存在することに加え、標的となる分子に化学反応を介して持続的に影響を及ぼすことが出来ると言う特徴を持っています。これらのことから、活性酸素は記憶学習の持続化に関与している可能性が考えられます。そこで、本研究では活性酸素の記憶学習への関与について、マウスを用いた動物実験で検証しました[1]

活性酸素を除去すると記憶学習が阻害される

 活性酸素が記憶学習に関与するのであれば、活性酸素の除去や作用をできないようにすると、記憶学習が阻害されるはずです。そこでまず、活性酸素を吸収する作用があり、抗酸化物質としても知られるビタミンEをマウスに過剰量与えました。ビタミンEを通常の2倍量含む餌をマウスに8週間与え続けたところ、ある種の運動学習が顕著に阻害されました。この運動学習は、脳の小脳と言う部位が関与することが知られています。したがって、ビタミンEが小脳の活性酸素を除去した結果、運動学習が阻害された可能性が考えられます。

 一方で、ビタミンEはエサを通じて投与されたため全身に行き渡り、脳以外の部位にも影響が及ぶことが考えられます。そこで次に、活性酸素を分解する酵素をマウスの小脳に注入して、小脳限定的に活性酸素を除去したところ、ビタミンE過剰投与と同様に運動学習が阻害されました(図1)。

図1 活性酸素除去による運動学習の阻害 
活性酸素を分解する酵素をマウスの小脳に注入することで活性酸素を除去した(左)。その結果、この小脳が司る運動学習が阻害された(右)。ここに示したのは、回転棒テストと言う運動学習の一種で、回転棒上にマウスを置くと、最初はすぐに落下するが徐々に滞在時間が長くなる。しかし、小脳に活性酸素分解酵素を注入したマウスでは、この滞在時間の上昇し、運動学習に阻害が見られた。

活性酸素を除去すると記憶学習の基礎となる神経回路の機能(シナプス可塑性)も阻害される

 脳では神経細胞同士はシナプスと言う構造を介して接続し情報を伝えます。そして、記憶学習が形成される時には、シナプスにおける情報伝達が増強あるいは減弱(抑圧)します。この様にシナプスでの情報伝達が変化することをシナプス可塑性と呼びます。小脳で運動学習記憶が形成される時には「長期抑圧」と呼ばれるシナプス可塑性が必要ですが[2]、活性酸素を分解する酵素の投与により長期抑圧が完全に阻害されました。これらの結果から、活性酸素が小脳依存的な運動学習、さらに、運動学習の神経基盤となるシナプスの可塑的変化に関与することが示されました。

記憶学習に関わる神経活動によって活性酸素が作られる

 上の二つの実験では、「運動学習やシナプスの可塑的変化が起こる時に活性酸素が作られる」と仮定して、活性酸素の分解酵素を注入し、運動学習やシナプス可塑性が阻害されることを示しました。それでは、実際に運動学習やシナプス可塑性が起こる時に活性酸素が作られるのでしょうか?そこで「活性酸素イメージング」を用いて、実際にシナプス可塑性時に活性酸素が作られることを明らかにしました。図2に示されるように、小脳の長期抑圧を引き起こす神経活動を与えると、蛍光プローブ(活性酸素; 赤色)のシグナル強度が上昇することから、神経活動によって活性酸素が産生されたことが示されました。さらに、この時に活性酸素を作る酵素の阻害薬を加えておくと、活性酸素の産生は観察されなかったことから、長期抑圧が起こる時には酵素の働きによって、小脳の神経細胞で活性酸素が作られることが明らかとなりました。

図2 活性酸素イメージング
神経細胞(緑色色素で染まっている)内で活性酸素の濃度が上昇すると赤色蛍光が明るくなる。このことにより、いつ、どこで活性酸素が作られたのかがわかる。

活性酸素と運動学習の持続化を結ぶシグナル、8-ニトロ-サイクリックGMP

 小脳の運動学習およびその基盤となるシナプスの可塑的変化(長期抑圧)には、細胞内で情報を伝える様々なシグナル分子が関与することが、既に知られています。それでは、活性酸素はどのようにして、これらのシグナル分子に情報を伝えるのでしょうか。ここで我々は、「8-ニトロ-サイクリックGMP」という新しい分子[3]に着目しました。その理由として、まず、この分子の産生には活性酸素が必要です。そして、8-ニトロ-サイクリックGMPは非常に分解されにくく、長期間にわたって他分子に影響を及ぼす性質を有します。さらに、8-ニトロ-サイクリックGMPは、プロテインキナーゼGと言う、すでに運動学習やシナプスの長期抑圧への関与が示されていたシグナル分子を活性化することが出来ます。つまり、神経活動により産生された短寿命の活性酸素は、この8-ニトロ-サイクリックGMPを介して、持続的なシナプスの可塑性そして運動学習に必要なシグナル分子を活性化すると考えました。そこで、今度は8-ニトロ-サイクリックGMPの阻害薬が、運動記憶および小脳シナプスの長期抑圧を阻害することを見出しました。

 以上の結果から、従来、悪玉因子とされていた活性酸素が、小脳が司る運動記憶に関与することを示しました。さらに、短寿命な分子である活性酸素が、8-ニトロ-サイクリックGMPという長寿命分子を介して、運動記憶の様に長時間にわたる脳機能に関与することを示しました。これらの発見は、生体内で活性酸素が生理的な役割を持つシグナル分子として働くことを示しており、「活性酸素は悪玉」とする従来の概念を覆します。この結果は、神経科学や酸化ストレス研究などの分野、そして、リハビリテーション学や老化研究などに大きなインパクトを与えます。

抗酸化物質は摂れるだけ摂ればよいのか?

 従来、活性酸素は老化や生活習慣病の原因因子として知られ、活性酸素を「除去」することが生体に良い影響を及ぼすと考える人が大多数でした。活性酸素を除去する作用を持つ「抗酸化物質」は、抗老化物質の有力な候補であり、また、運動中には多量の活性酸素が作られることから激しい運動をするアスリートなども積極的に抗酸化物質を摂取しています。しかし、過剰な抗酸化物質摂取が、生体に好ましい影響を与えないこともわかってきました。今回の研究により、活性酸素が運動記憶に必要な善玉物質でもあることが示されました。このことは、過剰な抗酸化物質摂取は善玉活性酸素を除去して運動記憶を妨害する可能性を意味します。本研究中でも、抗酸化物質の一種、ビタミンEの過剰投与が運動学習を阻害することを示しました。

 今後、抗酸化物質の適切な摂取に関する研究や活性酸素―8-ニトロ-サイクリックGMPの研究が進むことで、リハビリにおける運動記憶形成の効率化や各種運動能力の鍛錬方法の開発に役立つとともに、超高齢社会においては運動効率の向上を通じた健康寿命の延伸や高齢者のQOLの維持・促進に役立つことが期待されます。

参考文献

1. Kakizawa S, Arasaki T, Yoshida A, Sato A, Takino Y, Ishigami A, Akaike T, Yanai S, Endo S. Essential role of ROS - 8-Nitro-cGMP signaling in long-term memory of motor learning and cerebellar synaptic plasticity. Redox Biol. 70, 103053 (2024).

2. Ito M. Cerebellar long-term depression: characterization, signal transduction, and functional roles. Physiol Rev 81, 1143-1195 (2021).

3. Sawa T, M. H. Zaki MH, Okamoto T, Akuta T, Tokutomi Y, Kim-Mitsuyama S, Ihara H, Kobayashi A, Yamamoto M, Fujii S, Arimoto H, Akaike T. Protein S-guanylation by the biological signal 8-nitroguanosine 3',5'-cyclic monophosphate. Nat Chem Biol 3, 727-735 (2007).

関連情報

<プレスリリース>悪玉因子、活性酸素が記憶形成に必要であることを解明―抗酸化物質の過剰摂取に警鐘―