皮膚にやさしく触れる刺激で肩こり症状を緩和

老化脳神経科学研究チーム 渡辺信博

2024.10.16

はじめに

 厚生労働省の「国民生活基礎調査(2022年)」によりますと、病気や怪我などの自覚症状のうち、肩こりは男女とも腰痛に次いで2番目に多く、特に女性では肩こりを抱える人は全体の約10%(男性は約5%)にも相当します(文献1)。肩こりの治療には、飲み薬や貼付薬のほか、鍼治療や低出力レーザーなどの体に刺激を与える方法が使われますが、現時点で有効な治療方法は確立されていません(文献2)。

 私たちの体(皮膚や筋肉など)には、刺激の情報を受け取る感覚受容器が備わっています。感覚受容器によって受け取られた刺激の情報が、神経を伝わって脊髄や脳に送られるため、「触れた」「温かい」などの感覚が生じます。また、痛みを感じる辺りの皮膚に触れると痛みが和らぐことも経験するところです。私たちの研究室では、皮膚にやさしく触れる刺激が鎮痛薬のモルヒネと似た作用をもたらし、痛みの情報の伝わりを弱めることを明らかにしてきました(文献3-5)。本研究トピックスでは、これまでの基礎研究をもとにおこなった調査のデータを解析し、皮膚への刺激で肩こりの症状が緩和することを明らかにした私たちの研究成果(文献6)をご紹介します。

肩こり症状に対する皮膚への刺激の作用を調べる

 本研究では、NHK特集番組「東洋医学ホントのチカラ 健康の大問題解決SP」(2022年1月放送)において、3ヶ月以上慢性的に肩こりを有する人(12名:女性7名、男性5名、27~62歳、平均年齢47歳)を対象におこなった調査のデータを解析しました。調査データには、首・肩回りの「痛み」や「不快感」、「動かしにくさ」といった主観的なデータと、「首」や「肩関節」、「肩甲骨」が動く範囲(角度)を計測した客観的なデータが含まれます。皮膚への刺激は、私たちの基礎研究でも用いた皮膚刺激ツールを用いました。この皮膚刺激ツールは、直径7mmの円形シートで表面に非常に小さな突起が配列しており(図1A)、薬剤は含まれません。なお、突起はボールペンのグリップに使われるような柔らかい素材で作られており、先端は平たくなっているため皮膚にささることはなく、皮膚にやさしく触れるような刺激をすることができます。参加者が日常生活を送る間も皮膚を持続的に刺激できるよう、この刺激ツールを絆創膏で皮膚に貼り付けてもらいました。この皮膚刺激ツールを貼付する場所は、使用前に医師が確認して、プリントを使って指導しました(図1B;最大8か所)。また、皮膚のかぶれを防ぐために、皮膚刺激ツールの使用は1日12時間までとしました。本調査では、参加者に皮膚刺激ツールを2週間使用していただき、使用前後に取得したデータを比較しました。

図1 調査で用いた皮膚刺激ツールの拡大図(A)と貼付部位の例(B)(文献6の図を一部改変)

肩こりによる痛みや不快感、動かしづらさに対する作用

 皮膚刺激ツールを使用する前の首・肩回りの痛みの強さは、平均で7点(0 点 = 痛みなし、10 点 = 想像できる最大の痛みで評価)で、症状が比較的重い参加者が多かったです。しかし皮膚刺激ツールを2週間使用した後は、痛みの強さが平均2点まで減少し(図2)、痛みが大幅に改善されました。

 この研究では「痛み」に加えて、首・肩回りの「不快感」や「動かしにくさ」の強さについても評価しました(0 点 = 不快感・動かしにくい感じなし、10 点 = 想像できる最大の不快感・動かしにくい感じ)。皮膚刺激ツールを使用する前の不快感、動かしにくさは、平均でそれぞれ7.4点、6点でしたが、皮膚刺激ツールを2週間使用した後はそれぞれ2点程度まで低下しました(図2)。したがって、肩こりを抱える人が感じている首・肩周りの痛みだけでなく、不快感や動かしにくさといった多面的な症状が、皮膚への刺激により緩和されることが分かりました。

図2 皮膚刺激ツール使用前後における主観的データの比較(文献6の図を一部改変)

さらに私たちは、どのような人に特に効果が認められたのか、データを詳細に調べました。その結果、皮膚刺激ツール使用前の時点で、症状が強い人ほど症状緩和の程度が大きいことが分かりました。一方、症状が軽くなる程度は性別で違いはなく、参加者の年齢との関連もないことが分かりました。

首・肩関節・肩甲骨が動く範囲に対する作用

 続いて、首、肩関節および肩甲骨の動く範囲についてのデータを解析しました(各4種類、合計12種類)。その結果、皮膚刺激ツールを使用した後は、12種類の動作のうち8種類で動く範囲が大きくなることが分かりました。なお、皮膚刺激ツールを使用する前は、正常範囲以下の動きもありましたが、皮膚刺激ツール使用後は一部、正常な範囲まで動かせるようになることが分かりました。例えば、首の屈曲(頭を前に傾ける動き)に関して、皮膚刺激ツール使用前は平均40°で正常範囲を下回っていたのですが、皮膚刺激ツール使用後は平均60°まで動かせるようになり、ちょうど正常範囲に達しました(図3)。

ちなみに、痛みが減ったために動かせるようになった可能性も考えられましたが、皮膚刺激ツール使用後の痛みや不快感、動かしにくさの改善の程度と首、肩関節および肩甲骨の動く範囲の変化には関連性がありませんでした。したがって、首・肩回りの可動性が良くなることは痛みなどの自覚症状の改善とは無関係に生じることが分かりました。

図3 皮膚刺激ツール使用前後における可動範囲の比較例(文献6をもとに作図)

おわりに

 本研究トピックスでは、皮膚にやさしく触れる刺激が肩こりを緩和する作用があることを明らかにした研究結果をご紹介しました。皮膚に触れる刺激は日常的に生じるため、一見、取るに足らない情報のようにも思われますが、痛みを抑えるしくみをはたらかせ、肩こりの不快な症状を緩和するのに役立っているのです。今後も皮膚の感覚情報の役割を明らかにし、健康の維持・増進のために活用できる有用な手法を見つけていきたいと思います。

参考文献

1.厚生労働省. 「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」 p.17
2.慢性疼痛診療ガイドライン作成ワーキンググループ.(2021)「第L章 肩こり」慢性疼痛診療ガイドライン. p.187-p.193.
3.Hotta H, Schmidt RF, Uchida S, Watanabe N. (2010) Gentle mechanical skin stimulation inhibits the somatocardiac sympathetic C-reflex elicited by excitation of unmyelinated C-afferent fibers. Eur J Pain 14:806-813.
4.Watanabe N, Uchida S, Hotta H (2011) Age-related change in the effect of gentle mechanical cutaneous stimulation on the somato-cardiac sympathetic C-reflex. J Physiol Sci 61:287-291.
5.Watanabe N, Piché M, Hotta H. (2015) Types of skin afferent fibers and spinal opioid receptors that contribute to touch-induced inhibition of heart rate changes evoked by noxious cutaneous heat stimulation. Mol Pain 11:4.
6.Watanabe N, Nara M, Suzuki S, Sugie M, Yamamoto T, Hotta H. (2023) Effects of gentle mechanical skin stimulation on subjective symptoms and joint range of motions in people with chronic neck and shoulder discomfort. J Physiol Sci 73: 4.