2025.1.21
ヒトを含めた哺乳類では、左右腎臓の上方に1個ずつ副腎という小さな臓器があります(図1)。副腎組織は生命活動に重要な様々なホルモンを各層から産生しており(図2)、その中にデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)というホルモンがあります。動物実験ではDHEAには肥満、糖尿病、心疾患の予防や、免疫力の増強など様々な効果があることが報告されています1。しかし、健常人にDHEAを経口補充した研究では動物実験ほどの著明な効果は報告されていません2,3。
図1. 副腎の位置. 左右の腎臓の上方に位置している
図2. 副腎組織. 各層から生命活動に重要なホルモンが産生・分泌されている
DHEAは活性の弱い性ホルモンで、血中ではそのほとんど(90%以上)がDHEA-S(DHEAの硫化物)として存在しています。DHEA-Sの血中濃度は加齢とともに減少することが知られていますが、特定地域の住人が参加した大規模疫学研究では、血中DHEA-S濃度が高いヒトほど長命である可能性が示されています4,5。
そのため、私たちは副腎のDHEA産生細胞の機能や老化がヒトの寿命と関連している可能性があると考え、ヒト副腎の研究を行ってきました。ここでは、これまでの研究成果についてご紹介します。
すべての細胞の染色体末端にはテロメアという構造が位置し、染色体を変性・消失などから保護しています(図3)。このテロメアは細胞が分裂する毎に短縮し、ある一定レベルより短くなると細胞がそれ以上分裂出来なくなる細胞老化という現象が起こります。つまり、テロメア短縮は細胞老化の重要な指標の1つと考えられています。
図3. テロメア。染色体末端に位置するDNA配列で染色体末端を保護する。ほぼ全ての臓器の体細胞のテロメアは細胞分裂に伴い短縮する
そこで、私たちは病理解剖例の副腎を用いて、図2に示した4種類の細胞別に乳幼児から100歳以上の方まで男女別にテロメアの長さを測定してみました6,7。その結果、男女ともDHEAを産生する網状層細胞のテロメアは高齢者ほど長いということが示されました(図4)。このことから、男女とも網状層細胞のテロメアが長いヒトほど、つまり網状層細胞の老化が進んでいないヒトほど長命なのではないか、と推測されます。
図4. 副腎各層のテロメア長と年齢の相関(男女別)。DHEAを産生する網状層細胞のテロメア長は男女とも高齢者ほど長い。
慢性的な精神的ストレスにより末梢血の血液細胞のテロメア長が短くなることが知られています8。しかし、慢性ストレスと副腎細胞の老化の関連はあまり知られていません。長期重症疾患で亡くなった患者は強い精神的・肉体的な慢性ストレス下にあったと考えられるため、そのような患者の副腎と突然死された患者の副腎を用いて、細胞種類別にテロメアの長さを比較してみました9。その結果、男女とも長期重症疾患患者では突然死患者に比べてDHEAを産生する網状層細胞のテロメア長が短縮していました(図5)。その他の種類の細胞のテロメア長には変化はありませんでした。つまり、長期重症疾患のような強い慢性ストレス下では網状層細胞の老化が亢進する、と推測されます。
図5.長期重症疾患と突然死の患者の副腎の細胞種類別テロメア長比較
男女とも突然死の患者に比べて、重症疾患の患者のDHEA 産生細胞のテロメア長が有意に短い。その他の種類の細胞のテロメア長は突然死と重症疾患の患者とで有意差がみられない。
本研究トピックスでは、DHEAを産生する副腎網状層細胞の老化とヒトの寿命や慢性ストレスとの関連についての研究内容をご紹介しました。慢性ストレスという概念は曖昧ですので、具体的にどのような病気や検査データがDHEA産生細胞の老化と関連しているのか明らかにするために現在も研究を続けています。本研究を通じて、健康寿命の延伸や慢性ストレスの予防に貢献したいと思います。
1. Lamberts, S.W., van den Beld, A.W. & van der Lely, A.J. The endocrinology of aging. Science 278, 419-424 (1997).
2. Baulieu, E.E., et al. Dehydroepiandrosterone (DHEA), DHEA sulfate, and aging: contribution of the DHEAge Study to a sociobiomedical issue. Proc Natl Acad Sci U S A 97, 4279-4284 (2000).
3. Nair, K.S., et al. DHEA in elderly women and DHEA or testosterone in elderly men. N Engl J Med 355, 1647-1659 (2006).
4. Sulcova, J., Hill, M., Hampl, R. & Starka, L. Age and sex related differences in serum levels of unconjugated dehydroepiandrosterone and its sulphate in normal subjects. J Endocrinol 154, 57-62 (1997).
5. Enomoto, M., et al. Serum dehydroepiandrosterone sulfate levels predict longevity in men: 27-year follow-up study in a community-based cohort (Tanushimaru study). J Am Geriatr Soc 56, 994-998 (2008).
6. Nonaka, K., et al. Correlation Between Differentiation of Adrenocortical Zones and Telomere Lengths Measured by Q-FISH. J Clin Endocrinol Metab 104, 5642-5650 (2019).
7. Nonaka, K., et al. Correlation Between Telomere Attrition of Zona Fasciculata and Adrenal Weight Reduction in Older Men. J Clin Endocrinol Metab 105(2020).
8. Mathur, M.B., et al. Toward a mechanistic understanding of psychosocial factors in telomere degradation. Brain Behav Immun 56, 413 (2016).
9. Nonaka, K., et al. Accelerated telomere shortening in adrenal zona reticularis in patients with prolonged critical illness. Front Endocrinol (Lausanne) 14, 1244553 (2023).