若年性認知症の人の診断前の初期症状と診断名の関連について

自立促進と精神保健研究チーム 枝広あや子

2025.3.4

はじめに

 認知症にやさしい社会を作り上げる取組が、様々な分野・地域で広がっています。認知症の中でも、比較的若い世代で発症するものを若年性認知症と総称します。各地域で任命され"認知症の人本人からの発信"を行う「希望大使」のなかにも、若年性認知症の方が多く活躍されています。

 若年性認知症は働き盛りの世代に発症し、高齢期認知症と比較して、親世代の介護や子の養育が重なること、就業の継続など複合的な課題があり、経済的困難や将来への不安、葛藤、社会的孤立に直面します。発症したとき、職場や地域生活の場で変化に気付かれることも少なくありません。職場であれば上司や同僚が症状に気づいた際に適切な支援につなげられるように企業への啓発や支援を行うことが重要です。また地域生活の場でだれかが気付けるように、社会全体に若年性認知症の症状を知って頂くことが適切な支援への準備になります。

 しかし、若年性認知症と診断されている人は、高齢期認知症の人と比較して非常に少なく、地域社会での認知度も十分ではありません。いつ、だれが、どこで発症しても大丈夫な社会をつくるために、あらかじめ地域社会を構成する一人一人が正しい若年性認知症の理解をしておくことが大事です。若年性認知症に関する社会の理解を広めることに役立つ研究を紹介します。

希少な若年性認知症の方の様子を知る方法

 若年性認知症と診断される人は非常に少なく、また必ずしも一般に多く知られる高齢期認知症の症状のような典型的な症状ではないという特徴があり、うつや精神疾患と誤診されることもあるため、診断が遅れるケースもあります。これまでの研究では若年性認知症の臨床症状についての報告はあるものの、診断前の初期症状に焦点を当てた研究はありませんでした。したがって本研究では、希少疾患である若年性認知症の方個々に調査協力を頂くために、全国12地域の医療介護機関、相談機関等に依頼し、それらの事業所を通じて若年性認知症と診断されている方とご家族に生活実態を調査させていただきました。
 
 検討対象は18~64歳の間に若年性認知症と診断された方です。研究は二段階で実施され、まず若年性認知症の人の医療や介護、相談支援などを行っている医療機関や介護施設等に対する質問票調査を行って協力を要請し、その後、医療機関や介護施設等から若年性認知症の本人または家族に対して詳細な質問票を配布してもらいました。質問票には年齢、性別、発症時の職業、診断前の初期症状、認知症の診断名などの情報を含みました。初期症状の評価項目は、「もの忘れが多くなった」、「言葉がうまく出なくなった」、「怒りっぽくなった」、「何事にもやる気がなくなった」、「職場や家事などでミスが多くなった」、「それ以外の今までにない行動・態度が出るようになった」とし、家族や本人が簡単に回答できる形式にしました。

若年性認知症の鑑別診断名別に初期症状を振り返る

 本研究では、4大認知症(アルツハイマー病、血管性認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症)の診断を受けた、770名の若年性認知症の方に関する調査票を分析しました。若年発症のアルツハイマー病(EO-AD)が最も多く576名、次いで若年発症の血管性認知症(EO-VaD)が80名、若年発症の前頭側頭型認知症(EO-FTD)が83名、若年発症のレビー小体型認知症(EO-DLB)が31名でした。
また発症時を振り返ると、就労していた割合は57.4%で、多くのケースで配偶者が初期症状に気づいていました(64.4%)。最も多い初期症状は「もの忘れが多くなった」(69.6%)であり、次いで「職場や家事などでミスが多くなった」(43.8%)が挙げられました。
 
 認知症診断名ごとに初期症状の頻度をみてみると、「もの忘れが多くなった」症状はEO-ADで最も頻度が高く(75.7%)、「言葉がうまく出なくなった」症状はEO-VaD(41.3%)とEO-FTD(31.3%)でより多く認められました。「何事にもやる気がなくなった」症状はEO-FTD(34.9%)で多かったものの、EO-VaD(26.3%)やEO-DLB(29.0%)との間に統計学的に意味のある差はありませんでした。また、「職場や家事などでミスが多くなった」症状はEO-FTD(49.4%)およびEO-AD(46.5%)でより多く、「それ以外の今までにない行動・態度が出るようになった」症状の頻度はEO-FTDで統計学的に有意に高いという結果でした(34.9%)。(図1)

図1 初期症状に対する診断名の頻度

 また、初期症状と性別や年代、居住形態などの因子との関連を分析した結果、「もの忘れが多くなった」症状は女性でより多く観察され、「言葉がうまく出なくなった」症状は一人暮らしの人でより多く認められました。「怒りっぽくなった」症状は男性でより多く、「職場や家事などでミスが多くなった」症状は若年群(58歳未満)および発症時に就労していた人で多く認められました。

 診断名ごとの検討に加えて、性別や年代などの複数の因子を同時に検討すると下記の様な結果でした。

  • 「もの忘れが多くなった」症状があった人は女性が多く、その後EO-ADの診断された人が多かった
  • 「言葉がうまく出なくなった」症状があった人は一人暮らしであった人が多く、EO-VaDやEO-FTDと診断された人が多かった
  • 「怒りっぽくなった」症状があった人は男性が多く、EO-VaDと診断された人が多かった
  • 「何事にもやる気がなくなった」症状があった人は、その後にEO-FTDと診断された人が多かった
  • 「職場や家事などでミスが多くなった」症状があった人は発症時に就労していた人が多く、その後EO-ADやEO-FTDと診断された人が多かった
  • 「それ以外の今までにない行動・態度が出るようになった」症状があった人は、その後EO-FTDと診断された人が多かった

(表1、論文内Appendix tablesから作成)

表1 多変量解析において統計学的な差があった診断名・因子

診断名と初期症状の関連が示すこと

 本研究の結果によって、若年性認知症の診断名ごとに初期症状の頻度や出かたが異なることが示されました。特にEO-ADでは「もの忘れが多くなった」症状、EO-VaDおよびEO-FTDでは「言葉がうまく出なくなった」症状が特徴的であることが明らかになりました。さらに、EO-FTDでは「何事にもやる気がなくなった」症状、「職場や家事などでミスが多くなった」症状、「それ以外の今までにない行動・態度が出るようになった」症状が特徴的でした。これらの結果は、EODの早期診断や適切な対応のために重要な知見です。

 こうした知見は、社会に発信することで「同僚や家族(あるいは自分)に○○の症状がある、もしかしたら何かの病気かもしれない、受診してはどうだろうか」という気づきを生みます。気づいたときから早い段階で受診して診断を受けることができれば、治療だけでなく、症状があっても暮らしやすいような職場や家庭での工夫ができる可能性があります。また病気とともに生きる人の心のケアが受けられる可能性、相談相手ができる可能性もあります。

 困りごとのある本人に合わせた支援や工夫や調整のことを合理的配慮といいます。本研究の結果は、若年性認知症の初期症状について理解し、早期に診断が受けられ、職場や家庭、地域社会で合理的配慮ができる社会の創出に寄与する知見です。また、政策に対して、企業への若年性認知症の知識の周知をすすめ、職場でだれもが若年性認知症になりうる、という認識のもと症状への気付きの促進、合理的配慮の提供体制の構築を推進することの必要性を訴えることができます。また初期症状を考慮した産業医などの診断支援にもつながります。

 本研究では質問紙調査で選択肢を作ったために、これ以外の多様な症状を確認することができなかったなどの課題もあります。一方でこの研究は全国規模で希少疾患を調査できたことで、初期症状と診断名や社会的要因の関連を示すことができました。
 これからは、こういった疫学研究をもとに、若年性認知症の方個々に応じた、きめ細やかで丁寧な診断・支援に結びつけられるよう、若年性認知症に関する社会の理解を広める必要があります。

 本研究は、若年性認知症の診断前の初期症状を認知症の診断名ごとに調査し整理することを目的として、日本全国を対象とした「AMED研究 若年性認知症の有病率・生活実態調査」研究の一環として実施されました。

AMED研究 若年性認知症の有病率・生活実態調査

関連記事

日本老年精神医学会 優秀論文奨励賞を受賞しました