「フレイル」と関連する体内成分(代謝物)を特定−地域高齢者の健康維持を目指して

自立促進と精神保健研究チーム 志田隆史

2025.7.2

はじめに

 日本において、65歳以上の高齢者のうち、「フレイル」とされる方は約8.7%、その前段階である「プレフレイル」は40.8%、健康な高齢者は50.5%と報告されています1)。つまり、高齢者のおよそ半数が、健康状態の維持が危ぶまれるフレイルまたはプレフレイルの状態にあることになります。
 フレイルの状態にある高齢者は、身体機能の低下だけでなく、認知機能の衰えや社会的孤立など、精神的・社会的な問題も抱えやすくなります。そのため、健康な高齢者に比べて、医療・介護・福祉といった多くの社会的資源を必要とする傾向があります。
 一方で、フレイルやその他の加齢にともなう変化には個人差が大きく、老化そのものが非常に複雑な生物学的プロセスであることから、こうした変化の背景にある「代謝の仕組み(代謝学的基盤)」については、未だ多くの部分が明らかになっていません。
 このトピックスでは、私たちが東京都板橋区の地域高齢者を対象に実施した研究を通じて、フレイルと関連する血液中の代謝物(血液マーカー)を探索し、フレイルのメカニズムにせまる取り組みをご紹介します。

フレイルの概要と評価基準

 日本を含む世界中で高齢化が進んでおり、寝たきりや介護が必要となる高齢者の数も増えています。中でも、「フレイル」と呼ばれる、健康と要介護の中間にある状態は、高齢者の生活の質を下げる大きな要因です(図1)。

図1. フレイルの概要

 フレイルの基準には、さまざまなものがありますがFriedが提唱したものが採用されていることが多いです。Friedの基準には5項目あり、3項目以上該当するとフレイル、1または2項目だけの場合にはフレイルの前段階であるプレフレイルと判断します(表)。

表. フレイルの判定基準

メタボロミクスの説明

 私たちの体の中では、毎日数えきれないほどの化学反応が起こっており、食べたものや体の状態に応じて様々な「代謝物」と呼ばれる小さな物質が作られています。
 「メタボロミクス」は、血液や尿などのサンプルに含まれる数百〜数千種類の代謝物を網羅的に調べる技術です。病気や加齢などによって体の中で何が変化しているのかを知るために、近年注目されています2,3)
 今回の研究では、「ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)」という装置を使い、およそ500種類の代謝物を血液中から検出しました。
 このように、メタボロミクスは、目に見えない体内の変化を"化学の目"で捉えることができる、非常に先進的な技術です。特にGC-MSは、食品や薬物、病気に関する研究でも広く使われており、信頼性の高い方法とされています。

フレイルに関連のあった代謝物

 今回の研究では、フレイルの方と健康な高齢者の方の血液を比較し、フレイルの方では特定の7つの代謝物が少ないことがわかりました4)(図2)。その中で特に顕著であった4つの代謝物を以下に紹介します。

 ① カフェイン
 主な由来:コーヒー、緑茶、紅茶、チョコレートなど
 体内での役割:中枢神経を刺激して、眠気を抑えたり集中力を高める作用があります。疲労感の軽減や、運動能力の向上にも関係しています。

 ② カテコール(カフェインの代謝物)
 主な由来:カフェインが体内で分解されることで生成される物質
 体内での役割:カフェインの代謝によって生成される代謝物の中には、抗酸化作用を持つものがあり、細胞を酸化ストレスから保護すると考えられています。

 ③ パラキサンチン(カフェインの代謝物)
 主な由来:カフェインが体内で分解されてできる代表的な代謝産物
 体内での役割:覚醒作用や脂肪の代謝促進に関与している可能性があり、運動機能にも関係があるとされています。

 ④ ナイアシンアミド(別名:ニコチンアミド)(ビタミンB3の一種)
 主な由来:肉類、魚、きのこ、豆類などの食品
 体内での役割:エネルギー代謝やDNA修復、抗酸化機能に関わる非常に重要なビタミンです。神経や皮膚の健康にも必要です。

 これら4つの代謝物は、どれも私たちの体の健康を支える重要な物質です。そして注目すべきは、その多くが「食事に由来している」という点です。つまり、日頃の食生活や栄養状態が、体内の代謝や健康状態を左右している可能性があるのです。

 今後の研究により、これらの代謝物のバランスを保つことでフレイルの予防ができるかもしれません。日々の食事の積み重ねが、将来の健康に大きく関わるということを示す大切な手がかりとなっています。

図2. フレイルに関連のあった代謝物

おわりに(今後の展望)

 今回の研究では、フレイルの方の血液中における代謝物の変化を明らかにすることができました。特に、カフェインやその代謝産物、ビタミンB3(ナイアシンアミド)など、私たちが日常的に摂取している食品や栄養素と深く関わる物質が、健康な高齢者とフレイルの方の間で顕著に異なることが確認されました。これは、日々の食事や生活習慣が高齢期の健康状態に影響を及ぼす可能性を、科学的に裏付ける重要な発見です。
 今後は、今回明らかになった代謝物とフレイルの関係について、さらに詳しく調べることで、「フレイルになりにくい体づくり」に向けた具体的な食生活の指針や栄養改善プログラムの開発につなげていく予定です。
 最後に、高齢者が心身ともに元気に、自分らしく暮らし続けるためには、医学だけでなく、栄養・運動・社会参加などを組み合わせた多面的なアプローチが重要です。今回の研究成果がその一翼を担い、都民の皆さまをはじめ、全国の高齢者とそのご家族の健康づくりに貢献できるよう、今後も研究と情報発信を継続してまいります。

参考文献

1) Murayama H, et al. (2020) National prevalence of frailty in the older Japanese population: findings from a nationally representative survey. Arch Gerontol Geriatr 91:104220. https://doi.org/10.1016/j.archger.2020.104220
2) Rivero-Segura NA et al. Promising biomarkers of human aging: in search of a multi-omics panel to understand the aging process from a multidimensional perspective. Ageing Res Rev, 2020;64:101164. https://doi.org/10.1016/j.arr.2020.101164.
3) Liu X, Ser Z, Locasale JW. Development and quantitative evaluation of a high-resolution metabolomics technology. Anal Chem. 2014;86:2175-84. https://doi.org/10.1021/ac403845u.
4) Shida T, et al. Association of serum metabolites with frailty phenotype and its component: a cross-sectional case-control study. Biogerontology. 2024 Dec 6;26(1):21. https://doi.org/10.1007/s10522-024-10166-y

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