2025.6.5
骨格筋は、日常動作を司る運動器としてだけでなく、生体内で最大のエネルギー代謝臓器としても機能しています。そのため、骨格筋の質や量の低下は、社会問題として顕在化している加齢に伴う筋脆弱症(サルコペニア)や2型糖尿病などの代謝異常症の発症リスクを高めることが分かっています。したがって、骨格筋量を生涯にわたって維持することは、健康寿命の延伸に直結し、人生100年時代を豊かに生き抜くカギとなります。
骨格筋は、激しい運動等で損傷しても速やかに再生することができます。また、筋力トレーニングにより負荷をかけると肥大し、逆に運動不足や長期入院等による不活動によって萎縮するという、活動に応じて量が変化する性質(可塑性)をもつ臓器です(図1)。私たちの研究グループは、骨格筋の再生や可塑性のメカニズムを解明し、加齢や疾病によってそれらがどのように変化するかを理解することで、健康寿命を延伸する筋老化制御技術の構築を目指しています。
図1:骨格筋の可塑性
骨格筋は多核の筋線維の束で構成されており、筋線維の周囲にはサテライト細胞とよばれる筋線維を生み出す組織幹細胞が存在しています。サテライト細胞は筋損傷や成長因子によって活性化すると筋芽細胞になります。この筋芽細胞は互いに融合して新たな筋線維となる、あるいは既存の筋線維と融合します(図2)。筋線維は主にミオシンやアクチンなどの収縮タンパク質で構成されており、その合成と分解のバランスにより筋量は変化します。レジスタンストレーニングを実施すると筋タンパク質合成が分解を上回ることで筋肥大が起こり、逆に不活動では分解が亢進し萎縮が生じます。加齢や疾患による筋量や筋機能低下の要因としては、筋タンパク質分解が合成を上回ること、筋線維数の減少、サテライト細胞の数や機能の低下、筋収縮を支配する運動神経の退行等が関与すると考えられています。
図2:骨格筋の再生・発達様式
骨格筋の大きさや形状は身体の位置によって様々であり,その機能も身体動作のみならず,姿勢維持,呼吸,咀嚼,嚥下,表情表出等と多岐にわたります。近年、骨格筋の性質は全身を通して均一ではないことがわかってきました。骨格筋は再生力や可塑性を持つ臓器であることは上述しましたが、この性質は骨格筋の位置によって異なります。例えば、足の筋肉は他の部位と比較して再生力が高く、生体内でも特に発達していますが、加齢では、腕と比べて足の筋肉は早期に萎縮します。これは四足歩行のラットでも前肢より後肢が萎縮しやすいというヒトと似た傾向を示します。一方、頭部の筋肉は、再生力は低いものの加齢や疾病に対して萎縮抵抗性を持っています(文献1、2)。これらの身体位置特異的な性質の違いは、遅筋や速筋といった筋線維タイプの違いや身体活動量だけでは説明できず、身体位置固有の制御機構が存在することを示しています。これまで骨格筋の位置特異的な違いはあまり着目されておらず、特に動物を用いた基礎研究で得られた知見の多くは足の筋肉の研究に基づいています。そのため、位置特異的な筋制御機構の解明は、サルコペニアをはじめとした多くの筋疾患に新たな概念からなる予防治療法の開発が期待できます。
身体位置固有の筋制御機構を解明するにあたって、私たちは胎児発生期の位置決定遺伝子であるHox遺伝子に着目しています。Hox遺伝子は胎児期における前後軸(頭から足にかけての向き)に沿ったからだの構造や手足などのパターン形成を指令する遺伝子であり、哺乳類ではHox-AからHox-Dまでの4つのクラスター(遺伝子グループ)を形成し、さらに各クラスターには13種類のHox遺伝子が存在します。そして、発生期にからだの位置ごとに適切な組み合わせとタイミングで異なるHox遺伝子を発現することで、からだの形態を正しく形成します(図3)。このHox遺伝子についてはこれまで主に胎児期での機能が研究されてきましたが、近年成体においても新たな機能を有していることが報告されています。
そこで私たちは、まず成体の各部位の骨格筋およびサテライト細胞のHox遺伝子の発現パターンを解析しました。その結果、頭部筋にはHox遺伝子の発現はみられず,四肢筋にはHox-AおよびHox-Cクラスター遺伝子群が高発現していることがわかりました。その中のHoxA10遺伝子について、サテライト細胞特異的に欠損させたマウスを作出して筋機能を調べてみると、安静状態のサテライト細胞には影響はありませんでしたが、前脛骨筋を損傷させると筋再生が著しく障害されることがわかりました。また、この再生不全はもともとHoxA10の発現がない頭部筋ではみられなかったことから、HoxA10の発現が高い部位に依存した表現型、すなわち、HoxA10は主に四肢の筋再生を制御していることが示唆されました(文献3)。本研究成果から、からだの各位置に属するサテライト細胞は、Hox遺伝子をはじめとした固有の遺伝子発現パターン(位置記憶:ポジショナルメモリー)を有しており、ポジショナルメモリーが骨格筋の位置特異的制御を司っていると考えられます(文献4、5)。全身の骨格筋のHox遺伝子発現分布は,ヒトにおいても同様に保存されていることから、今後さらなる研究を進め、ポジショナルメモリーと筋疾患の関連性について明らかにしていきます。
図3:身体位置特異的なHox遺伝子発現
1. Yoshioka K, Kitajima Y, Seko D, Tsuchiya Y, Ono Y. The body-region-specificity in murine models of muscle regeneration and atrophy. Acta Physiol (Oxf). 2021 Jan;231(1):e13553.
2. Ono Y, Boldrin L, Knopp P, Morgan J, Zammit PS. Muscle satellite cells are a functionally heterogeneous population in both somite-derived and branchiomeric muscles. Dev Biol. 2010 Jan 1;337(1):29-41.
3. Yoshioka K, Nagahisa H, Miura F, Araki H, Kamei Y, Kitajima Y, Seko D, Nogami J, Tsuchiya Y, Okazaki N, Yonekura A, Ohba S, Sumita Y, Chiba K, Ito K, Asahina I, Ogawa Y, Ito T, Ohkawa Y, Ono Y. Hoxa10 mediates positional memory to govern stem cell function in adult skeletal muscle. Science Advances. 2021 Jun 9. 7: eabd7924.
4. 小野悠介. 骨格筋の身体位置記憶(ポジショナルメモリー)「実験医学増刊:骨格筋研究―代謝・運動を解き明かし超高齢社会に挑む」Vol.40 , No.2, 実験医学,羊土社 2022年.
5. Okino R, Goda, Y, Ono Y. The Hox-based positional memory in muscle stem cells. J Biochem. 2024 Sep 30;176(4):277-283.
※本研究は、「令和6年度理事長研究奨励費」で受賞されたテーマです。