循環器内科 専門部長 碓井伸一(うすい しんいち)
本年7 月より東京都健康長寿医療センター循環器内科に赴任いたしました碓井伸一と申します。狭心症・心筋梗塞に対するカテーテル治療( 経皮的冠動脈インターベンション:PCI)、閉塞性動脈硬化症に対するカテーテル治療( 血管内治療:EVT) を専門としています。
「循環器内科」ってどんなところ?
「循環」とは主に血液の流れを意味します。「循環器」とは全身へ血液を循環させるポンプとなる「心臓」はもちろん、全身に血液を送り出す「動脈」や全身から血液を心臓へと戻す「静脈」までを含んでいます。
心臓病は悪性新生物( 癌) に続いて日本人の死亡原因の第2位となる疾患です。(図1)
年齢別の死因を見てみると、男女ともに85 ~ 89 歳より心疾患による死亡が悪性新生物(腫瘍)による死亡との差が小さくなってきており、90 歳以上においては心疾患による死亡が悪性新生物( 腫瘍) による死亡よりも多くなります。(図2)
このことより高齢化社会においては心臓病に対して適切に対処することが非常に重要であると考えられます。
虚血性心疾患:狭心症、心筋梗塞
不整脈:心房細動、発作性上質頻拍等の頻脈性不整脈、洞不全症候群等の徐脈性不整脈
弁膜疾患:心臓弁膜症( 大動脈弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全(逆流症など)、感染性心内膜炎
心筋疾患:心筋炎、心筋症など
下肢閉塞性動脈硬化症、解離性大動脈瘤( の一部)、鎖骨下動脈狭窄症、腹部アンギナ
深部静脈血栓症、及びそれに続発する肺動脈血栓塞栓症( いわゆる「エコノミークラス症候群」)など
「心不全」という言葉をしばしば耳にすることがあると思います。しかし「心不全」とは特定の病気を示す病名ではありません。上で述べたような様々な心臓の病気(「基礎心疾患」といいます)によって心臓の機能が十分に働かなくなった状態が「心不全」なのです。
以上のように循環器内科が担当する疾患は多岐にわたりますが、今回は私の専門である動脈硬化が原因である狭心症・心筋梗塞、閉塞性動脈硬化症の治療をご紹介いたします。
動脈硬化が原因となる心臓・血管疾患と診断された患者さんに対してはカテーテル治療やバイパス手術といった治療方法が選択されますが、実はこのような治療が必要となる前に薬物療法や生活改善によって病気にならないように予防することが最も重要です。症状が出現する前に疾患を未然に防ぐことを「一次予防」といいます。「動脈硬化」はある意味血管の老化ですので年齢とともに進行していきます。これは誰も避けることはできないものですが、加齢以外にも動脈硬化が進行してしまう原因があります。それは「高血圧症」「糖尿病」「脂質異常症( 高コレステロール血症)」といったいわゆる「生活習慣病」です。疾患ではありませんが「喫煙」も重要な動脈硬化の危険因子となります。(図3)(図4)
狭心症・心筋梗塞を発症してから治療するのではなく、これらの生活習慣病をコントロールしていくことで動脈硬化の進行を抑制し、狭心症・心筋梗塞、閉塞性動脈硬化症の発症を予防することで健康寿命を飛躍的に延ばすことが可能となります。その分野において大きな役割を果たしてくれるのが「かかりつけ医( ホームドクター)」です。患者さんによる自己管理、かかりつけ医の細やかな観察・治療、そして循環器専門医による専門性の高い治療が連携することによって質の高い医療が達成されます。(図5)
経皮的冠動脈インターベンション(PCI)
心臓の血管( 冠動脈) の動脈硬化による狭窄・閉塞に対する治療です。手首もしくは鼠径部の動脈から細い管を挿入し冠動脈の狭窄部を拡張する治療です。現在の標準的治療としては薬剤溶出性ステント(Drug Eluting Stent: DES) を狭窄部に(永久的に) 留置することが多いです。(図6)動脈の石灰化が強くバルーンのみでは拡張が不十分となる場合や、多量の血栓が存在するためバルーンでは対処不可能な場合、当院ではロータブレーターやエキシマレーザーといった特殊デバイスを用いた治療も導入しており、患者さんの病状に応じた治療方針の選択が可能となっています。
大動脈より末梢の動脈の動脈硬化により血流が低下し、下肢の冷感・歩行時の疼痛(間欠性跛行といいます)・安静時疼痛・足壊疽といった様々な足の虚血症状を呈した状態を下肢閉塞性動脈硬化症といいます。
歩行時の足( 多くはふくらはぎ) の痛み等の症状がある患者さんは整形外科を受診されることが多いかもしれませんが、ぜひ一度当科にもご相談ください。足の血圧と腕の血圧を同時に測定するABI(ankle brachial pressure index) という検査にて足の血流低下の有無を評価することが可能です。この検査は外来にて簡単に行うことができます。通常ABI は1.0 以上となりますが、足の血流が低下している人は1.0
未満) となります。0.9 を切ると異常低値ですので下肢閉塞性動脈硬化症の可能性が高いと考えられます。この場合、次に血管エコー、造影CT や血管造影にて動脈硬化の部位と狭窄の重症度を診断します。まずは薬物療法による症状の改善に期待しますが、狭窄の部位と
重症度によってカテーテルによる拡張術= 血管内治療(Endovascular Therapy; EVT) や血管外科によるバイパス術等の治療方針を決定していきます。(図7)
カテーテル治療や外科手術により血流を改善させることは可能ですが、狭心症・心筋梗塞・下肢閉塞性動脈硬化症等の動脈硬化性疾患は年齢とともに進行していきます。動脈硬化の進行を抑制し再発を予防するためには生活習慣の改善や、長期間にわたって適切な薬物療法を継続していくことが重要となります。
胸痛・胸部圧迫感・息切れ( 狭心症の可能性) や下肢冷感・歩行時の足の痛み( 下肢閉塞性動脈硬化症の可能性) といった症状がある場合や、症状がなくとも高血圧症・脂質異常症( 高コレステロール血症)、糖尿病、喫煙歴といった動脈硬化の危険因子を有する場合にはぜひ一度当科を受診して頂きたいと考えております。また、かかりつけ医( ホームドクター) の先生方におかれましてはご連絡を頂ければ迅速に対応させていただきますのでよろしくお願い申し上げます。
感染症内科 専門部長 小金丸博(こがねまる ひろし)
「帯状疱疹ワクチン」をご存知ですか?帯状疱疹ワクチンを接種することで、病気を発症しにくくなったり、罹患後の神経痛を予防することができるようになります。当センターのある板橋区では、令和5 年7 月1 日から50 歳以上の方を対象とした帯状疱疹ワクチン接種費用の一部助成が始まりました。今回は、帯状疱疹ワクチンをご紹介します。
帯状疱疹は、水痘帯状疱疹ウイルスが原因でおこる皮膚の感染症です。はじめは皮膚がピリピリするような痛みを感じ、時間の経過とともに赤みや水ぶくれなどの症状が現れます(図1)。症状が現れる場所として胸や背中が有名ですが、顔、腕、お尻など体のどこにでも現れます。皮疹が治った後も痛みや異常感覚が数か月から数年にわたって続くことがあり、帯状疱疹後神経痛と呼ばれます。帯状疱疹は加齢に伴って発症率が高くなり、特に50 歳代から急激に増加し、80 歳までに約3 人に1 人が発症するといわれています。
帯状疱疹ワクチンには特徴の異なる2 つのワクチンがあります(表1)。ひとつが生ワクチンである乾燥弱毒生水痘ワクチン「ビケン」、もうひとつが不活化ワクチンである帯状疱疹ワクチン「シングリックス」筋注用になります。生ワクチンは、妊娠している人、免疫機能に異常のある病気をもつ人、免疫抑制薬による治療を受けている人では接種できません。これらの人でも不活化ワクチンであれば問題なく接種できます。
60 歳以上を対象とした生ワクチンの研究では、接種後3.12 年間で帯状疱疹が51.3%減少し、帯状疱疹後神経痛が66.5% 減少しました。効果の持続期間を調べた研究では、ワクチン接種後1 年以内の発症予防効果は68.7%でしたが、接種後8 年目では4.2% まで低下しました。
50 歳以上を対象とした不活化ワクチンの研究では、2 回接種による帯状疱疹の発症予防効果は接種後3.2 年間で97.2% と高い有効性を認めました。帯状疱疹後神経痛についても高い予防効果を認め、ワクチン接種後少なくとも10 年間は予防効果が持続することが確認されています。
どちらのワクチンも注射部位の症状(痛み、赤み、腫れなど)が主な副反応となります。他に発熱、筋肉痛、倦怠感、頭痛などがありますが、通常は1 ~ 2 日で自然に消失します。接種後に気になる症状や体調の変化があらわれたら、すぐ医師にご相談ください。
板橋区独自の助成事業であるため、板橋区民が区内の対象医療機関で接種した場合のみ助成を受けられます。板橋区民以外の方や、区民でも対象医療機関以外で接種した場合は全額自己負担となります。板橋区では、生ワクチンに対しては4,000 円、不活化ワクチンに対しては各回10,000 円が助成され、接種者の自己負担額は実施医療機関で設定する金額から助成額を差し引いた額となります。他区でも同様の助成制度が運用されていますので、住居地の自治体にご確認ください。
当センターでは、帯状疱疹ワクチンのうち不活化ワクチン「シングリックス」を感染症内科外来で接種することができます。事前に予約を取得したうえで当科外来までお越し下さい。