老年病理学研究チーム(神経病理学)研究部長 /高齢者バイオリソースセンター部長兼務
齊藤祐子(さいとう ゆうこ)
「ブレインバンク」の活動は当センターで20 年あまりにわたり、患者様や御家族、センター内スタッフ等、皆様に支えられて行っている事業です。今回改めて、関係者に紹介記事を読んでいただけることに感謝しております。「ブレインバンク」とは耳慣れない言葉かと思いますので、その意義・目的や活動内容について記したいと思います。
ヒト脳疾患の最終診断は未だにその多くは脳組織の病理診断が不可欠です。 つまり亡くなられた後の病理解剖よって確定診断がなされるということです。精神疾患や発達障害は、その診断は脳の病理ではわかりませんが、その病態を解明するためには、ヒト脳を調べなければ、より良い創薬に結び付けることは出来ません。欧米では 約40 年ほど日本に先立ってブレインバンクの創設と活用が国家事業としてなされてきました。欧米の特徴は、生前からのドナー登録が盛んで、宗教的な背景も関係しているのかもしれませんが、「Gift of Hope 運動」つまり、「希望の贈り物運動」と名付けられ、後世において、脳の病気に苦しむ患者さんに希望という素晴らしい贈り物をするという「祈り」 が込められた活動です。
日本が出遅れた理由としては、そのような活動に対して、公的な研究費を受けにくかったことがあります。ですから日本の研究者は欧米のブレインバンクに研究の試料提供を依頼していました。しかし、研究結果について人種差は無視出来ませんし、知的財産や費用の問題もありました。そこで日本でのブレインバンク設立の気運が高まってきたのが、 2000 年前後です。
当センターでは、1972 年の開院・開所当初から、病理解剖については、剖検率の高さについては日本で1,2位を誇ってきたという歴史がありました。これは一重に医師と患者様の信頼関係に基づくものと思います。そのような背景で、東京都や国からのバックアップもあり、2000 年から、病理解剖の承諾の際に、通常の
病理学的な診断を行った後に、脳の組織の一部を凍結保存し、診断後のパラフィンブロックなどと共に、それらの一部を研究者に提供して、共同研究を行うという倫理委員会の承認を得ました。そのようにして、前任者の村山繁雄部長が1999 年に赴任後、約2年余りの準備期間を経て、本格的に「高齢者ブレインバンク」として、センター内のみならず、他の研究機関との共同研究が始まりました。老化や認知症研究を行っている研究者からは多くの共同研究依頼があり、これまで多くの研究成果が出ています。2007 年には石原知事から東京都都知事賞を頂きました。
1. 献脳ドナー登録者の支え
当バンクの大きな強みのひとつが、「献脳ドナー登録システム」です。こちらはホームページ(https://www2.tmig.or.jp/brainbk/ )を御覧いただけましたら幸いです。
ちなみにドナーの第一号は元病院長(旧老人医療センター)で、筆者の前任者の恩師です。登録者は順調に増えています(図)。患者様や、そのご家族、医療関係者など、病気を持つ方のみならず、脳には特に病気を持たれない方のドナーがおられることで、国際的にも類をみない特徴があります。当然研究には、病気の方、病理で調べたら、その途上にあった方、全く問題の無い方のデータを比べることが必須だからです。
2. 病院と研究所の連携
お一人お一人の病気の症状や変化、脳脊髄液検査,MRI,SPECT,PET などの画像所見と病理との比較をし、解析することです。臨床や病理の診断は難しいことが少なくなく、これらの解析結果が、現在外来にかかっておられる方々に直接役に立っております。
3. 一般病理所見の対応
国際的にも病理専門医の診断がしっかりつけられた病理解剖例が試料と共に保管されているブレインバンクはありません。神経は中枢(脳・脊髄)のみならず、心臓をはじめとする一般臓器にも末梢自律神経系として全身に存在します。たとえば有名なパーキンソン病やレビー小体型認知症は、様々な自律神経障害を起こし、病気の進行を早めることは知られています。その病態解明が出来るのも本ブレインバンクの強みです。
4. きめ細かさと危機管理体制
手前みそになりますが、本邦における神経病理の診断や保存方法は大変きめ細かく、凍結組織を保存してある場所の危機管理システムも万全です。国際的には後発ですが、現在では、逆に欧米の研究者からの依頼による共同研究が進んでおり、研究のレベルも向上してきております。
ドナー登録者や、亡くなられた御遺族から、有難いお言葉を頂いておりまして、その感謝の言葉が我々の草の根運動の力になっております。そのお言葉の一部を紹介し、結びとさせていただきます。
「自分のこの『病気の脳』が役に立つのですか?知りませんでした。是非登録させてください。」/「パーキンソン病をわずらっていた父の介護にほとんど関わることができませんでした。せめて献脳してパーキンソン病の克服に役に立ちたいです」/「家系を苦しめたこの病気をなんとかしてほしいです。自分はたまたま免れました。献脳を希望します」/「病理解剖してくださってありがとうございます。父(母)も喜んでいると思います。」/「今回初めて病名が判明し、安堵いたしました。闘病生活のあれこれを思い出し今にして納得する事の数々、胸のつかえもすとんと落ちました。
放射線治療科 医長
由井宏道(ゆい ひろみち)
本年6 月東京都健康長寿医療センター放射線治療科に赴任致しました由井宏道と申します。
私は耳鼻咽喉科医として40 年余を大学病院、派遣病院そして開業の道を歩いてまいりました。国立がん研究センターから来られた竹田千里教授の
もと、主に頭とうけい頸部ぶ 腫瘍の治療に携わりました。
このたびご縁あって当センター放射線治療科にお世話になっております。部長の角美奈子先生はじめスタッフの方々から暖かいご指導を賜って、六十の手習いは亀の歩みで這い進んでいるところであります。
さて頭頸部腫瘍とはどのようなものでしょうか。ご承知のとおり首から上の腫瘍(がん)です。脳と眼は除きます(図)。一般の方からは「えっ、耳鼻科にがんがあるの!?」と驚かれます。あるのです。それも目に見える部分ですから、たいへんシビアな経過をたどることも多い。映画『愛と死をみつめて』のヒロインが罹患し
た上顎腫瘍(軟骨肉腫)、池田勇人元首相の喉頭がん、初代貴乃花の口腔底がん、堀ちえみさんの舌がん、いかりや長介氏の頸部悪性リンパ腫、勝新太郎氏の下咽頭がん、桑田佳祐氏の食道がんなど枚挙に暇がありません。『愛と死をみつめて』や上顎洞悪性黒色腫のピーコ氏は眼球摘出を受けましたが、これは眼科ではなく耳鼻科医が執刀します。先頃日本耳鼻咽喉科学会が、日本耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会と名称を変更しました。耳鼻科
が外科の一分野であることを再認識する動きでしょう。
竹田教授はがん研究センターでは頭頸科長と放射線科長を兼ねておられました。従って治療方針は「まず切る」。次に「放射線でいこう」でした。また母校の放射線科教授は耳鼻科出身でした。おかげで大変お世話になりありがたかったものです。このたび放射線治療科に身をおくことになり、まことに感慨深いものがあります。
図 頭頸部がんの発生部位
慶應義塾大学病院KOMPAS から許可を得て転載(https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000228.html)
最近の放射線治療は、放射線治療装置や照射技術さらに画像診断の進歩により、できるだけ病巣に限定した治療が可能となりました。照射による熱さや痛みはありません。合併症のある方や体力の低下した方にも適応があります。当センターも2021 年度新装置を導入、画像誘導放射線治療(IGRT)、強度変調放射線治療(IMRT)などの高精度放射線治療が可能となり、安全に精度の高い治療を行うことができます。
アラ古希の駆け出しではございます。放射線治療科のスタッフ並びに各科の皆様方の御指導をいただいて、患者さんのお役に立てるよう努めて参りたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。