我が国のCommunity-based participatory research(CBPR)を先導するフィールド
臨床現場では支援職は様々な疑問(臨床疑問)を抱きます。それをもとに研究を始める人は多いでしょう。しかし、研究は、個人の思い込みを排して、科学的な妥当性のある方法論をもって、公正に進めなければなりません。正しい問いの立てかた(研究疑問)を身に着けることもなかなか難しいのです。研究者として一人前になったころ、ふと、当初の熱い思いが満たされているかと疑問に思うことはあると思います。正しい研究方法を身に着けたはいいが、なんか表面的な研究になっていないか?と。
この問題はつぎのように言い換えられます「研究によって実社会のことはどこまでわかるのだろうか?」
これまで私たちは伝統的な研究を熱心にしてきました(今もしています)が、どうしても表面的なことしか分からない、という根本的な疑問がありました。そこを解決するのがこのフィールドです。ここでは、これまでの研究の常識を超えた研究をしています。
高島平団地はわが国有数の大規模団地であり、賃貸部分の高齢化率は40%、すなわち未来の日本社会そのものです。ここでは2つの方法を並行して走らせています。1つは《疫学研究》で、7000名の高齢者を対象に研究を進めています。もう1つはいわゆる《アクションリサーチ》で、地域に常設の拠点を作り、研究者は臨床家として拠点で住民と関わります。
このように単に観察するだけではなく、住民と対等の立場で協働して地域生活のリアルに迫る方法論は、Community-based participatory research(CBPR)といい、西洋諸国では近年広く行われつつある方法論です。
それには理由があります。私たちの対象はあくまで現実であり、無作為振り分けなどは不可能です。量的なデータのみならず、地域に住む人(住民や支援者)の語りも重要な解析対象です。また、はじめから皆さんが本音を語ってくれるはずなどありません。CBPRを行うには、地域の人々と顔の見える関係を築き、信頼関係を結ばねばなりません。データだけとって去っていくという態度は許されません。
ここでは人生の光と影に触れることができます。もちろん始まったばかりで手探りの面もあり、失敗もありますが、私たちはこの地で老年医学・老年学研究のプラットフォームの構築をしたいと思っています。
研究拠点
私たちは常設型の地域拠点を運営しています。これは、老年精神医学の日本の代表的な研究者である粟田主一が各地で行ってきた地域研究の総決算として始めたもので、東京都の事業「認知症とともに暮らせる社会に向けた地域ケアモデル事業」(平成28年度〜29年度)としてスタートしました。今では研究所全体のプロジェクトとなっています。
高島平団地の一角に地域の拠点「高島平ココからステーション」を運営しています。
週に3-4日、11時から16時まで開室しています。ソファーやテーブルセットがあり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行まで無料のお茶とコーヒーが準備されていました。訪問者は談笑したり、ゲームに興じたり、歌を歌ったり、あるいはただそこでただ休んだり、自由にすごすことができます。また月に1回専門家による無料の健康講座が開催されています。
運営スタッフは精神科医、歯科医師、保健師、看護師、心理専門職、理学療法士、作業療法士、精神保健福祉士などです。開室日は、ローテーション体制を組んで、保健・医療・福祉の専門職を含む2~5名で運営し開設日には医療・保健・心理相談を実施できる体制としています。詳細は杉山研究員の報告https://www.tmghig.jp/research/topics/202303-14784/も参照下さい。なお医師の相談では、白衣は着ず、普段着で対応しています。
メンバー
プロジェクトリーダー |
研究部長 岡村 毅
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地域拠点で月1回程度以上の頻度で住民の相談および調査に関わるスタッフ |
粟田主一、井藤佳恵、飯塚 あい、稲垣 宏樹、宇良 千秋、枝広 あや子、杉山 美香、宮前 史子、山下真里(常勤研究員、50音順) 岡戸 秀美、岡村 睦子、金谷 恵美、金子真由美、釘宮 由紀子、見城 澄子、多賀 努、永瀬 雅子、中山 莉子、森倉 三男、山村 正子、柳澤 知恵子(非常勤研究員、50音順) *注 上記はすべて、医師、心理士、保健師、社会福祉士、作業療法士を含む老年学のエキスパートである
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その他の研究者 |
研究フィールドは当研究所のすべての研究者にひらかれており、誰でも地域拠点での支援に参加しデータ解析をすることができる。
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キーワード
認知症Dementia、コミュニティ参加型研究Community-based participatory research(CBPR)、認知症フレンドリー社会Dementia-friendly communities、ソーシャルネットワークSocial Network、ケアコーディネーションCare Coordination、権利に基づくアプローチRights-based approach、疫学研究Epidemiology、質的研究Qualitative Research、混合研究Mixed methods approach、リアリストアプローチRealist approach、参与研究Ethnography、ハイリスクアプローチHigh-risk approach
様々なユニークな研究
- 認知機能低下と共に生きる人と伴走し、地域共生社会の要件を探す研究(長期縦断研究)
- 地域で専門職のいる拠点を運営し、認知症フレンドリー社会のモデルを作る研究(アクションリサーチ)
- 認知症の本人が集まり、本人が主導する、本人ミーティングの研究
- 地域において家族介護者を探し、実態を把握し、支援する研究
- 認知症と共に地域に住む高齢者、すなわち通常は歯科の研究に参加しない対象者の歯科研究
- 囲碁などの余暇活動を使ったアジアで汎化可能な包摂的社会作りの研究
- 都市にケアファーム(農園)を作る研究
- 地域拠点に臨床宗教師(僧侶)を配置する研究
- 定年後の男性の社会参画を促すための共生居酒屋の可能性の研究
- アートを用いた認知症フレンドリー社会の研究
- デスカフェ研究
- 妄想と共に生きる高齢者の生きづらさに寄り添う研究
- COVID-19の初期に認知症の人を対象に緊急的に行った支援研究
主な業績(CBPRのみに限定している)
- Okamura T, Ura C, Sugiyama M, Ogawa M, Inagaki H, Miyamae F, Edahiro A, Kugimiya Y, Okamura M, Yamashita M, Awata S. Everyday challenges facing high-risk older people living in the community: A community-based participatory study. BMC Geriatrics 20, 68 (2020). https://doi.org/10.1186/s12877-020-1470-y
- Ura C, Okamura T, Inagaki H, Ogawa M, Niikawa H, Edahiro A, Sugiyama M, Miyamae F, Sakuma N, Furuta K, Hatakeyama A, Ogisawa F, Konno M, Suzuki T, Awata S. Characteristics of detected and undetected dementia among community-dwelling older people in Metropolitan Tokyo. Geriatrics & Gerontology International 2020; 20: 564-570 https://doi.org/10.1111/ggi.13924
- 岡村毅、杉山美香、小川まどか、稲垣宏樹、宇良千秋、宮前史子、枝広あや子、釘宮由紀子、岡村睦子、森倉三男、粟田主一.地域在住高齢者の医療の手前のニーズ:地域に拠点を作り医療相談をしてわかったこと.認知症ケア学会誌 2020; 3: 565-572
- 杉山美香、岡村毅、小川まどか、宮前史子、枝広あや子、宇良千秋、稲垣宏樹、釘宮由紀子、岡村睦子、森倉三男、見城澄子、佐久間尚子、粟田主一. 大都市の大規模集合住宅地に認知症支援のための地域拠点をつくる-Dementia Friendly Communities創出に向けての高島平ココからステーションの取り組み-認知症ケア学会誌 2020; 18: 847-854
- Okamura T, Ura C, Sugiyama M, Kugimiya Y, Okamura M, Ogawa M, Miyamae F, Edahiro A, Awata S. Defending community living for frail older people during the COVID-19 pandemic. Psychogeriatrics 2020; 20: 944-945
- 岡村毅、杉山美香、枝広あや子、宮前史子、釘宮由紀子、岡村睦子、粟田主一.尊厳を守るには:大規模団地で孤立する高齢者の意思決定支援を振り返る.日本老年医学雑誌2020;57:467―474
- 岡村毅,小川有閑,髙瀨顕功,新名正弥,問芝志保,宇良千秋.死が近い高齢者をケアする際の葛藤:ケアスタッフが僧侶と研究者に語ったこと.日本老年医学雑誌 58 巻 1 号 p. 126-133 https://doi.org/10.3143/geriatrics.58.126
- Edahiro A, Okamura T, Motohashi Y, Takahashi C, Sugiyama M, Miyamae F, Taga T, Ura C, Nakayama R, Yamashita R, Awata S. Oral health as an opportunity to support isolated people with dementia: useful information during Coronavirus Disease 2019 pandemic. Psychogeriatrics 2021; 21(1):140-141 https://doi.org/10.1111/psyg.12621
- Ura C, Okamura T, Sugiyama M, Kugimiya Y, Okamura M, Ogawa M, Miyamae F, Edahiro A, Awata S. Call for telephone outreach to the older people with cognitive impairment during the COVID-19 pandemic. GGI 2020; 20: 1245-1248
- Ura C, Okamura T, Sugiyama M, Miyamae F, Yamashita M, Nakayama R, Edahiro A, Taga T, Inagaki H, Ogawa M, Awata S. Living on the edge of the community: Factors associated with discontinuation of community living among people with cognitive impairment. BMC Geriatr. 2021;21(1):131. doi:10.1186/s12877-021-02084-2
- Okamura T, Ura C, Sugiyama M, Kugimiya Y, Okamura M, Awata S. Everyday lives of community-dwelling older people with dementia during the COVID-19 pandemic in Japan. Int J Geriatr Psychiatry. 2021;36(9):1465-1467. doi:10.1002/gps.5553
- Nakayama R, Sugiyama M, Ura C, et al. The relationship between cognitive decline and well-being: investigation in older community-dwelling people with moderately impaired cognition. Psychogeriatrics. 2021;21(5):841-843. doi:10.1111/psyg.12742
- 岡村毅, 杉山美香. 新型コロナウイルス感染症下における大都市の大規模集合住宅に住む高齢者の支援. 老年精神医学雑誌 32(4): 460-467, 2021.
- Okamura T, Ura C, Kugimiya Y, et al. After 5 years, half of people with cognitive impairment were no longer living in the community: A community observational survey. Int J Geriatr Psychiatry. 2021;36(12):1970-1971. doi:10.1002/gps.5608
- Okamura T, Ura C, Taga T, Yanagisawa C, Yamazaki S, Shimmei M. Green care farms in urban settings as a new paradigm for dementia care. Psychogeriatrics. 2021;21(5):852-853. doi:10.1111/psyg.12748
- Yamazaki S, Ura C, Shimmei M, Okamura T. In search of lost time: Long-term prognosis of hikikomori called 8050 crisis. Int J Geriatr Psychiatry. 2021;36(10):1590-1591. doi:10.1002/gps.5585
- 枝広あや子、岡村 毅、杉山美香ら.認知症などの困難を抱えた高齢者に対する地域における歯科口腔保健相談の意義と方法論:権利ベースのアプローチという観点から 認知症ケア学会誌2021; 20(3): 435-445,
- 山下真理、岡村毅、宇良千秋、杉山美香、中山莉子、宮前史子、小川まどか、稲垣宏樹、枝広あや子、多賀努、津田修治、井藤佳恵、粟田主一.認知機能低下を抱えた地域在住高齢者のインフォーマル・サポートと精神的健康に関する質的研究.認知症ケア学会誌2022; 20(4): 560-571,
- Edahiro A, Okamura T, Motohashi Y, Takahashi C, Meguro A, Sugiyama M, Miyamae F, Taga T, Ura C, Nakayama R, Yamashita M, Awata S. Severity of Dementia Is Associated with Increased Periodontal Inflamed Surface Area: Home Visit Survey of People with Cognitive Decline Living in the Community. International Journal of Environmental Research and Public Health. 2021; 18(22):11961. https://doi.org/10.3390/ijerph182211961
- Okamura T, Ura C, Sugiyama M, Inagaki H, Miyamae F, Edahiro A, Taga T, Tsuda S, Nakayama R, Ito K, Awata S. Factors associated with inability to attend a follow-up assessment, mortality, and institutionalization among community-dwelling older people with cognitive impairment during a 5-year period: evidence from community-based participatory research. Psychogeriatrics. 2022 May;22(3):332-342. doi: 10.1111/psyg.12816. Epub 2022 Feb 23. PMID: 35199417.
- Tsuda S, Inagaki H, Okamura T, Sugiyama M, Ogawa M, Miyamae F, Edahiro A, Ura C, Sakuma N, Awata S. Promoting cultural change towards dementia friendly communities: a multi-level intervention in Japan. BMC Geriatr. 2022 Apr 23;22(1):360. doi: 10.1186/s12877-022-03030-6. PMID: 35461211; PMCID: PMC9034585.
- Miyamae F, Taga T, Okamura T, Awata S. Toward a society where people with dementia 'living alone' or 'being a minority group' can live well. Psychogeriatrics. 2022 Apr 21. doi: 10.1111/psyg.12836. Epub ahead of print. PMID: 35451143.
- Ura C, Okamura T, Taga T, Yanagisawa C, Yamazaki S, Shimmei M. Living for the city: Feasibility study of a dementia-friendly care farm in an urban area. Int J Geriatr Psychiatry. 2022;37(9):10.1002/gps.5794. doi:10.1002/gps.5794
- Iizuka A, Yamashita M, Ura C, Okamura T. GO revisited: qualitative analysis of the motivating factors to start and continue playing GO. Journal of Community Health Nursing in press
- 杉山美香、岡村毅、井藤佳恵、山下真理、粟田主一.妄想性障害を持つ高齢女性への地域におけるインフォーマルな医療外の支援の実際,日本老年精神医学雑誌2022;33(5) : 497-506
- Takase A, Matoba Y, Taga T, Ito K, Okamura T. Middle-aged and older people with urgent, unaware, and unmet mental health care needs: Practitioners' viewpoints from outside the formal mental health care system. BMC Health Serv Res. 2022 Nov 23;22(1):1400. doi: 10.1186/s12913-022-08838-x. PMID: 36419047; PMCID: PMC9685835.