膵癌(浸潤性膵管癌)は極めて予後不良であり,5年生存率は約5%である.膵癌の発症は年齢とともに増加し,わが国の2007年膵癌登録報告では平均年齢は男性で63.9歳,女性で65.9歳,男女比は3:2で男性に多い.財団法人がん研究振興財団による「がんの統計'09」によれば,2007年がん死亡者33万6468人中,膵癌は24634人(男13029人,女11605人)で,部位別がん死亡率で膵癌は男性で5位,女性で4位と上位にあり,男女ともに罹患率と死亡率が増え続けている.治療成績が向上できない理由として,大部分の症例が診断時点においてすでに手術不能状態で発見され約15-20%の症例しか根治切除ができないこと,根治切除を行ったとしても5年生存率は約20%と再発が高率に起こって死に至ることが挙げられる。
膵臓の上皮性悪性腫瘍の大半は浸潤性膵管癌と呼ばれる腺癌であり,膵管に似た腺腔形成や粘液産生性を示す.他に稀であるが,膵管内乳頭粘液腺癌 (IPMC),粘液性嚢胞腺癌 (MCC) ,上皮内癌 (PanIN3) も,病理組織学的には腺癌であるが,肉眼的,臨床的特色の違い等から膵癌取扱い規約 (第6版補訂版,2013年),及びWHO分類 (2010年) において浸潤性膵管癌と別個に扱われている.浸潤性膵管癌では,中分化型管状腺癌が多くを占め,豊富な線維性間質を伴うことや著明な脈管侵襲像,神経周囲腔浸潤像を認めることが特徴である.さらに,浸潤性膵管癌にはいくつかの亜型があり,膵癌取扱い規約においては腺扁平上皮癌,粘液癌,退形成性癌,さらにWHO分類においては上記3型に加えてhepatoid carcinoma, medullary carcinoma, signet ring cell carcinomaが記載されている。
退形成性癌の組織型分類名は,膵癌取扱い規約とWHO分類において若干異なることに注意が必要である.膵癌取扱い規約においては,退形成性癌 (anaplastic carcinoma) とは別個に,未分化癌 (undifferentiated carcinoma) の分類名を設けているが,WHO分類ではundifferentiated carcinomaとanaplastic carcinomaは同一の疾患を指す分類名として用いられている.膵癌取扱い規約における未分化癌は,WHO分類におけるundifferentiated carcinomaとは全く異なる定義が定められており,腺癌の1亜型ではなく,何ら分化方向を認めない癌であるとされる.また,従来,癌肉腫と呼ばれてきたものも,退形成性癌に分類される。
膵臓の退形成癌では,一部に通常型の浸潤性膵管癌の像を認めることが多いことが診断上で重要になる (図1).腫瘍間質は極めて乏しく,髄様に癌細胞が増殖する.退形成性癌の特徴的な病理組織像から,①巨細胞型,②多形細胞型,③紡錘細胞型の3型に分けられ,いくつかの型が混在することも多い.①の巨細胞型には,腫瘍細胞が巨細胞を呈する場合 (図2) と,破骨細胞型 (図3) があり,その鑑別には細胞の形態,及び上皮系マーカー (cytokeratin 19, AE1/AE3),間葉系マーカー (vimentin),組織球マーカー (CD68) の染色が有用である.腫瘍細胞が巨細胞を呈する場合には,一部に上皮系マーカーの発現が認められ,CD68は陰性であるのに対し,破骨細胞型では多核巨細胞にCD68の発現が認められ,上皮系マーカーは陰性である.紡錘細胞型 (図4) は稀であり,腺癌を一部に確認できなければ診断が困難となる。
退形成性癌の臨床的特徴として,予後は通常型の浸潤性膵管癌よりもさらに不良であり,高齢者に多いとされている.浸潤性膵管癌における退形成性癌の割合は,2007年膵癌登録報告 (平均64.7歳) においては0.3%であるのに対し,高齢者 (平均88.1歳) の病理解剖となった症例 (自験例) では3.9%であった.Krasinskasらは, KRASの変異アレルが特異的に増幅されるmutant allele-specific imbalance (MASI) によって,通常型浸潤性膵管癌から退形成性癌に進行することを明らかにした (Mod Pathol, 2013).このことから,通常型浸潤性膵癌にさらに遺伝子の異常が蓄積される時間経過が必要であるため,高齢者に多くみられると考えられる。
膵臓の退形成癌は稀な疾患であるため,基礎研究,臨床研究での検討が十分に成されておらず,今後,予防医学分野,早期診断マーカーの開発,及び分子標的治療や放射線療法,補助療法でのquality of life (QOL) の改善が望まれる。