血糖値が高い状態が長く続くと体中の血管がいたみます。糖尿病網膜症は、糖尿病の三大合併症の一つで、糖尿病になって時間が経ち(だいたい5年以上といわれています。)、網膜の血管がいたむと、出血(赤い斑点)や白斑(白い斑点)がみられようになります(図1)。
図1 糖尿病網膜症の出血と白斑
その後、網膜に血液が十分に流れなくなり、新生血管と呼ばれる、脆くて切れやすい血管が生えてきて、それが切れると目の中で大きな出血(硝子体出血)をおこし(図2、図3)突然黒いものが飛ぶようになり、見えなくなります。
図2 硝子体出血
図3 硝子体出血のイメージ
もっと進むと、網膜の上に増殖膜と呼ばれる膜が張り、それが縮むと網膜を引っ張り網膜剥離が(図4、図5)起こります。それを放っておいたり、新生血管が虹彩(茶目)の根元にできて、血管新生緑内障という状態になると、失明してしまうことがあります。
図4 増殖膜と網膜剥離
図5 網膜剥離のイメージ
また、網膜の真ん中の黄斑と呼ばれる部分に水がたまると、糖尿病網膜症の一部である、"糖尿病黄斑浮腫"(図6)という病気になり、視力が落ちてみえにくくなります。
図6 糖尿病黄斑浮腫
~糖尿病になると必ず糖尿病網膜症になるの?~ 糖尿病のすべての人が糖尿病網膜症になるわけではありません。 |
血糖が高くても症状はないので、血液検査をして血糖値を測らないと、いつから糖尿病になったのか、は誰にもわかりません。また、糖尿病網膜症は、少々の出血があっても、視力が落ちないので、症状がないまま気づかずに進み、症状がでるのはだいぶ遅れる病気ですので、"糖尿病"といわれたら、症状がなくても眼科を受診し、目の奥を調べる「眼底検査」を定期的に受けることが大切です。
治療法の進歩した今でも、糖尿病網膜症は日本の失明原因の上位を占める病気ですが、定期的に眼科を受診して、適切な時期に治療を受けられれば、失明の大部分は防ぐことができる病気です。この"定期的な眼科受診"という期間は、そのときの病気の進行具合によって違いますので、眼科医が「次回は〇か月後に眼底検査が必要です」とお話ししますので、その期間を守ってください。
~糖尿病の方が眼科受診をするときのポイント!!~ めやにやものもらいなどで、眼科を受診するときも、必ず「糖尿病があります!」と私たち眼科医に知らせてください。(糖尿病があることは何も恥ずかしいことではありません。)眼底検査をするために瞳を開くと、数時間車の運転ができないので、当日はダメでも後日、必ず眼底検査を受けましょう。せっかく眼科に来られたチャンスを活かして、眼科の定期検査を始めましょう。 |
蛍光色素(特殊な光をあてると白く光る)を含んだ造影剤(フルオレセイン)を腕の静脈から注射して点滴をしながら、眼底の血管に流れているところを特殊な眼底カメラで撮影し、眼底の血管や血液の流れの状態を調べる検査です。血が流れなくなっている部位や、新生血管と呼ばれる病的な血管があるかどうか、また血管の壁がもろくて水が漏れ出す状態を調べることで、詳しい病状がわかります。
検査は散瞳剤(ひとみを開く目薬)を点眼してから瞳孔を開いた状態で行い、何枚も写真を撮影します(図7)が、通常の眼底カメラより、まぶしく感じます。造影剤のフルオレセインはオレンジ色をしているので、検査後顔の色が黄色くなったり、翌日まで尿が濃いオレンジ色に染まります(造影剤が尿で体の外に出てゆきます。)が、これは正常の反応です。
図7 蛍光眼底造影の写真
▲血管の壁から造影剤が漏れ出したり、新生血管が造影される。(日本眼科学会HPより)
しかしフルオレセインに対する副作用が出ることがあり、喘息などアレルギー体質がある方や心臓などの重い病気がある方では検査ができない場合があります。たいへんまれにアレルギー性ショック症状(血圧低下、意識消失など、重い場合は死亡に至る。)を起こすことがありますので、この場合は緊急の処置を行います。
"糖尿病黄斑浮腫"という状態で、網膜の中心部分である黄斑にむくみ(浮腫)がおこると、ものがゆがんで見えたり、暗く見えたり、視力が低下するなどの症状が出ます(図6)。
これには、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)という物質が関係しているので、このVEGFの働きを抑える薬を眼の中に注射することで、むくみを減らす治療が、抗VEGF薬硝子体内注射です。
手術室で、麻酔の目薬を点眼し、目の周りを消毒し、大変細い針で抗VEGF薬を眼内に注入します(図8)。1回の注射は短時間で終わります。非常にまれですが、硝子体注射の傷口から細菌が入り眼内炎という感染症を起こすことが報告されているため、抗生物質の点眼を行います。
図8 抗VGEF療法
約1か月ごとに何度も注射をしなければならないことが多い病気ですが、糖尿病の血糖コントロールや血圧、脂質(LDLコレステロールや中性脂肪など)の状態がよいと注射する回数が少なくてすむことがありますので、必ず目の治療と一緒に体の治療をしっかりと受けることが大切です。
~糖尿病黄斑浮腫の抗VEGF療法は、はじまりが大切!~ 糖尿病黄斑浮腫は、注射治療の始まりの時期にしっかりとむくみを減らすことが大切な病気です。1回の治療では不十分なので、治療のはじまりに3-5回(1か月に1回)の注射が必要です。でも、はじまりの治療がしっかりできれば、2年目には注射の回数が減ることもわかっています。この治療は、薬(薬価)が高いことや、目の注射という恐怖感で敬遠されがちですが、視力を保つためにはとても有効な治療ですので、ご自分の目の状態について主治医とよくご相談ください。 |
糖尿病網膜症による失明を防ぐためには、たとえ症状がなくても、血が流れなくなった網膜をレーザーで焼いて(図9)新生血管ができなくなるようにする治療が必要です。また新生血管がすでに作られていても、硝子体出血や網膜剥離でレーザー光線が届かない場合を除けば、レーザー治療が有効です。また黄斑浮腫の原因に、血管の瘤(こぶ)からの水漏れがある場合には、その瘤をレーザーで焼くこともあります。
図9 レーザー治療
▲治療したばかりのレーザー凝固斑(白い点々)。上半分の網膜の範囲を間引くようにレーザーを当てたところ。
麻酔の目薬をつけてからレーザー治療専用のレンズを黒目の上にのせて行いますが、目の奥の鈍痛を感じることも多いです。(めくすりだけでは痛みを強く感じる方の場合は注射の麻酔をすることもあります。)一回の治療で、数十発、数百発もレーザー照射することが多いので、約15-30分程度の時間を要します。
通常は、外来通院で行いますが、目への負担を軽くするため何回かに分けて治療を行う場合が多く、治療の終了までには複数回の通院が必要です。(両目の治療の場合は数か月かかることもあります。)費用は、片目ずつ治療の初回時に、1割負担の方では2万円弱の費用がかかります。
~レーザー治療は、痛みはありますか?~ はい。程度は様々ですが、レーザー治療は痛みを伴います。 |
硝子体とは、水晶体と網膜の間にある透明なゼリー状の組織です。糖尿病網膜症による出血(硝子体出血 図2、図3)のため硝子体が濁ってしまった場合は、硝子体手術により濁った硝子体を切除し透明な液体に置き換えます。また、網膜剥離を起こしている場合は硝子体や増殖膜を切除して網膜を元の位置に戻します。硝子体手術については、眼科HP内の「硝子体手術について」をご覧ください。
~糖尿病が長くなると、眼科とも長いお付き合いを~ 糖尿病になって時間が経ち、レーザー治療が必要になると、蛍光眼底造影検査をしてはレーザー治療!というサイクルが繰り返しやってくる時期(長いと数年間)があります。根気強く(内科と眼科両方の)通院が続けられれば、失明しないようにケアができる病気ですので、決して諦めずに眼科通院を続けてください。レーザー治療を受けている間は、終わりがないような不安を感じられる方もおられるかもしれませんが、必ず病状が安定して、通院の間隔が長くなる時期が来ますので、一緒に頑張りましょう。 |