第35話 元気を取り戻す(その1)

元気を取り戻す(その1)

 昔話をして元気を取り戻すのは回想法に取り入れられています。

 私なりのエッセイをしばらく綴ります。

 曇野、諏訪スケッチ 俳句カルタから

 私は松本城の北徒歩10分位の蟻ヶ崎というところで生まれ、通っていた小学校は現在廃校となり、重要文化財に指定されている開智小学校に合併された田町小学校に2年の半ば迄通っていた。その後、信大医学部に勤めていた父が岡谷病院へ赴任することになり岡谷に引っ越しをした。岡谷は女工哀史の地、方言もきつければ理屈もこねる。おおらかな安曇野の風土とは異国ほどの差があった。
 四季の峻別された気候の中でも冬の寒さは尋常ではなかった。氷点下20℃以下の「しみる」朝には牛乳瓶が割れ、干したタオルが板のようになり、夜になると諏訪湖は20センチ以上の全面結氷によって膨張し、数キロ離れた我が家までうなりをあげて「御神渡り」の音が響いた。
 厳冬にいたる短い晩秋がいとおしかった。主婦は短い日差しを急ぎ、買い物に精を出す。
「秋高し踏切は主婦たまりやすく(とほる)」
 山の中腹は極彩色の落葉広葉樹で埋め尽くされ、里は冬の漬物準備で忙殺される。
 白壁の多く残る安曇野では、大根干しが一斉に始まっている。
 「大根(だいこ)干す壁に投げたる鞠のあと(とほる)」 
 一方諏訪はお葉漬(信州では野沢菜とは呼ばない)が盛んで、多い家では6桶も漬ける。お葉漬の準備は容易ではない。洗う水の温度は既に零度近い。お葉漬は二月の下旬にはもう酸っぱくておいしくない。氷点下の漬物である。
 「野沢菜の紫ならんとして冬に(青邨)」 
 もう一つの諏訪の風物詩に花梨がある。葉が少ない木に、かたい黄色い実をつける。
 「かりん色よく漬かりひそかに湖光あり(紀子)」
 信州の11月はあきれるほど晴天が続く。観光客はなぜか少ない。山の径の晩秋の散策は、足下に落ち葉を踏みしだく音、頭上に枯れ葉の散る囁き以外、絶対の静寂の中にある。
 「枯るるものその影にこそ真実を(青邨)」
 辺りが急に開けるともう頂はすぐそこにある。城山や高ボッチからは、安曇野が初冠雪をした中央アルプスから北アルプスまでを借景に、180度のパノラマで見渡せる。下りもまた楽しい。麓には焚火が一筋見え、うず高く積まれた薪の上から窺く白壁に干しガキが粉をふいている。そうこうするうちに突然厳冬がやってくる。
 「父とわれ静かに居たり牡丹雪(とほる)」
 父も母も「夏草」を主宰していた故山口青邨の弟子で、今は信州で「草の実」という俳句雑誌に勤しんでいる。
 祖父母を含め、一家7人を父一人で養っていた我が家は決して豊かではなかった。遊ぶようにと作ってくれた俳句カルタは今では変色し、一部は裂けている。しかしそこには信州の四季が躍動している。
 信州は数多くの観光名所があるが、人知れぬ山里にも人は棲み、山河は佇む。老年医学を志して20年になるが、少年時代を過ごした安曇野、諏訪の晩秋の風景は澎湃として甦り、私の底流をなしている。